2019年11月07日

諸葛孔明

「晩翠詩抄」 土井晩翠作 岩波文庫 1930年

p34〜
 「星落秋風五丈原」  
(巻頭三節のみ)

祁山悲秋の風更けて
陣雲暗し五丈原、
零露の文(あや)は繁くして
草枯れ馬は肥ゆれども
蜀軍の旗光無く
鼓角の音も今しづか。
* *
丞相病あつかりき。

清渭の流れ水やせて
むせぶ非情の秋の声、
夜は関山の風泣いて
暗に迷ふかかりがねは
令風霜の威もすごく
守る諸営の垣の外。
* *
丞相病あつかりき。

帳中眠かすかにて
短檠光薄ければ
ここにも見ゆる秋の色、
銀甲堅くよろえども
見よや侍衛の面かげに
無限の愁溢るるを。
* *
丞相病あつかりき。

---
諸葛孔明終焉の地(五丈原を詠む)

他のブログをご覧になる方はhttp://busi-tem.sblo.jp/
posted by Fukutake at 09:51| 日記

2019年11月06日

漱石先生の想い出

「寺田虎彦随筆集 第三巻」 小宮豊隆編 岩波文庫 

夏目漱石先生の追憶

p292〜
 「先生最後の大患のときは、自分もちょうど同じような病気にかかって弱っていた。江戸川畔の花屋でベコニアの鉢を求めてお見舞に行ったときは、もう面会を許されなかった。奥さんがその花を持って病室へ行ったら一言「きれいだな」と言われたそうである。勝手のほうの炉のそばでM医師と話をしていたら急に病室のほうで苦しそうな声が聞こえて、その時にまた多量の出血があったようであった。
 臨終には間に合わず、わざわざ飛んで来てくれたK君の最後のしらせに、人力にゆられて早稲田まで行った。その途中で、車の前面の幌にはまったセルロイドの窓越しに見る街路の灯が、妙にぼやけた星形に見え。それが不思議に物狂わしくおどり狂うように思われたのであった。
 先生からはいろいろのものを教えられた。俳句の技巧を教わったというだけではなくて、自然の美しさを自分自身の目で発見することを教わった。同じようにまた、人間の心の中の真なるものと偽なるものとを見分け、そうして真なるものを愛し偽なるものを憎むべき事を教えられた。
 しかし自分の中にいる極端なエゴイストに言わせれば、自分にとっては先生が俳句がうまかろうが、まずかろうが、英文学に通じていようがいまいが、そんな事はどうでもよかった。いわんや先生が大文豪になろうがなるまいが、そんなことは問題にも何もならなかった。むしろ先生がいつまでも名もないただの学校の先生であってくれたほうがよかったではないかというような気がするぐらいである。先生が大家にならなかったら少なくとももっと長生きされたであろうという気がするのである。
 いろいろな不幸のために心が重たくなったときに、先生に会って話をしていると心の重荷がいつのまにか軽くなっていた。不平や煩悶のために心が暗くなった時に先生と相対していると、そういう心の黒雲がきれいに吹き払われ、新しい気分で自分の仕事に全力を注ぐことができた。先生というものの存在そのものが心の糧となり医薬となるのであった。こういう不思議な影響は先生の中のどういうところから流れだすのであったか、それを分析しうるほどに先生を客観する事は問題であり、またしようとは思わない。」

-------------
美しい追憶
posted by Fukutake at 15:27| 日記

2019年11月05日

「子どもに優しい社会」

「いま問いなおす 登校拒否」−これからの見方と対応− 頼藤和寛 
 人文書院 1994年
(その2)

ストレス
p91〜
「われわれは「現代社会のストレス」を声高に言い募るものだが、では貧困や結核や徴兵制度などの恐怖が支配していた時代に戻りたいかというと、決してそんなことはない。受験地獄はつらいものだが、さりとて奉公や身売りが一般的であった時代のほうがよかったとは言えないようなものである。つまり、仮に現代の条件は一部で悪化しているにせよ、別の面では随分改善されつつある。総合すれば、おそらくマシになっているのではなかろうか。というのも、昔の子供を現代に連れてくるのと、現代の子供を過去に送り込むのと、どちらが文句が少ないかを想像してみれば明らかである。
 現代っ子たちに、商家の丁稚や女中が勤まるとは到底思えないし、いやそれどころか、中卒後すぐに大都会に集団就職してくることさえ、心もとないぐらいである。しかし、つい三、四十年前まで、多くの子供たちは健気にもそうしていたのである。
 このことを忘れたり、頬被りした上での教育評論・心理評論などは所詮たわごとである。なぜ、子供側の変容に目をつぶり社会や制度ばかりをうんぬんするかというと、それが戦後評論のステレオタイプなスタイルであることと、子供を悪者にするとことが進歩的文化人のタブーになってるためであろう。
 結局、世間や教室での不快体験に対する抵抗力が低下していることが、最大の原因ではないかと疑われる。今日では、ちょっと級友から無視されたり嫌みを言われたりするだけで、身も世もなく苦しむ子供が多くなった。昔なら、貧困をバカにされたり、差別によって通学途上で石を投げられたりしても、歯を食いしばって通学するほどのハングリー・スピリットをもった子供がいたのである。
 つまり、昔の方がストレスへの対処行動がタフであったと言えるであろう。もちろんそれが子供の幸福だとは言えない。端的に言って不幸だったのだ。しかし、社会に余裕ができて、あれこれ児童に配慮できる段階になっても、今度は抵抗力の低下によって、昔なら問題にもならなかった程度の不快さえ耐えられない子供が現れてきたのである。
 このような歴史的なパラドックスではなかろうか。世を挙げて「子供によかれ」と配慮を尽くしたにもかかわらず、むしろそのことによって、いよいよ子供たちの要求水準を高め、抵抗力を低めてきたという皮肉。あとはイタチごっこがエスカレートするばかりである。」

------
「優しい」社会が子供を結果的にダメにしてしまった。

他のブログをご覧になる方はhttp://busi-tem.sblo.jp/
posted by Fukutake at 10:20| 日記