2019年09月30日

足るを知る

「あしながおじさん」ジーン・ウェブスター 岩本正恵 訳 新潮文庫
 平成二十九年
(その2)
 (孤児院にいたジェルーシャ・アボットが成績優秀ゆえに「あしながおじさん」と呼ぶ篤志家から資金を受け、女子大に通うようになった。)

p184〜
 「一月十一日 …
 とても大きなよろこびが、一番重要なのではありません。大切なのは、小さなよろこびを大いに重んじることです。おじさま、わたしはしあわせの真の秘密を発見しました。それは、今を生きることです。いつまでも過去を後悔しつづけたり、未来に期待しつづけるのではなく、今まさにこの瞬間を可能なかぎり活かすのです。それは農業に似ています。農業には、粗放農業と集約農業という方法があります。わたしはこれから「集約」的な生きかたをするつもりです。一秒一秒を残さず楽しんで、楽しんでいるときは、今は楽しんでいるのだと自覚しようと思います。たいていの人は、生きていません。競争しているだけです。地平線のはるかかなたにあるなにかのゴールを目指し、そこに向かうあいだに過熱して、息が切れて、苦しくなり、途中の美しい静かな田園風景はまったく目に入りません。やがて、ふと気づくと、自分たちは歳をとって疲れ果て、ゴールに着いたかどうかもはや関係ありません。わたしはたとえ偉大な作家にはなれなくても、途中で腰を下ろして、小さな幸せを積みかさねていこうと思います。わたしがこんな女性哲学者になっていたなんて、おじさまはご存じでしたか。」

 p224〜 
 「… 大学に来たばかりのころは相当憤慨していました。ほかの女の子たちが経験してきた普通の子ども時代を奪われていたからです。けれども今は、そんな気持ちは少しもありません。あれはとても珍しい冒険だったと考えています。孤児院のおかげで、わたしはちょっと横にそれて人生を眺める好位置を得ました。大人になり、わたしはある視点から世界を見るようになりましたが、それはものにたっぷり囲まれて育った人たちにはまったくない視点です。
 自分がしあわせであることがわからない女の子を、わたしは大勢知っています(たとえばジュリアがそうです)。彼女たちはしあわせであることに慣れきっていて、しあわせに対して感覚が麻痺しています。けれどもわたしはー 生きている瞬間すべてで、自分はしあわせだと完全に確信しています。そして、どんなに不愉快なことが起ころうと、ずっとしあわせでいつづけます。」


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「あしながおじさん」の哲学

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posted by Fukutake at 09:11| 日記

2019年09月27日

幸せとは

「あしながおじさん」ジーン・ウェブスター 岩本正恵 訳 新潮文庫
 平成二十九年
(その1)

 (孤児院にいた主人公ジェルーシャ・アボットが成績優秀ゆえに「あしながおじさん」と呼ぶ篤志家から資金を受け、女子大に通うようになった。)

ある手紙より p119〜
 「四月七日
 あしながおじさまへ
  びっくりしました!ニューヨークは大きいですね。ウースター(女子大のあるところ)なんて較べものになりません。おじさまはほんとうに、あのとてつもない混乱のなかで暮らしていらっしゃるのですか。二日間体験してすっかり頭が混乱してしまい、何ヶ月も立ち直れないような気がします。わたしが目にしたたくさんの驚きをどこから話しはじめればいいでしょう。でも、きっとおじさまはあの街に住んでいらっしゃるのですから。
 それにしても楽しい街ですね。人も。お店も。ショーウィンドウには見たこともないすてきなものが飾られていました。オシャレに一生を捧げたくなりました。サリーとジュリアとわたしは、土曜の午前中に一緒に買いものに行きました。ジュリアが入っていった先は、わたしがこれまで見たなかで、本当に一番豪華でした。壁は白と金色で、絨毯は青く、絹のカーテンは金色でした。髪が黄色くて、床に引きずるほどのすその長い黒い絹のドレスを着た完璧に美しい女性が出てきて、歓迎のほほえみを浮かべてわたしたちを迎えてくれました。きっとこの人はジュリアの知り合いで、あいさつに寄ったのだと思って、握手を交わしはじめたのですが、わたしたちはーというよりも、ジュリアはー帽子を買いにきただけでした。ジュリアは鏡の前に座って、一ダースもの帽子を試しました。どの帽子もかぶるたびにすてきでしたが、彼女はそのなかで一番すてきだった二個を買いました。
 鏡の前に座って、あらかじめ値段を確認せずに、気に入った帽子をどれでも買えるなんて、これ以上のよろこびが人生にあるでしょうか! まちがいありません、おじさま。ニューヨークは、ジョン・グリアー孤児院が辛抱強く鍛え上げたこのすぐれて禁欲的な人格を、あっという間に土台から崩してしまうでしょう。
 買いもののあとは、「シェリーズ」というレストランで、ジャービーさんと会いました。おじさまは「シェリーズ」にいらしたことがおありでしょう?あの店内を思い浮かべたあとで、ジョン・グリアー孤児院の食堂を思い浮かべてください。オイルクロスに覆われたテーブルと、割ろうと思っても割れない白い食器と、木の持ち手がついたナイフとフォーク − わたしがどんなにうっとりしたかおわかりになるでしょう!」

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「値段を気にせず…、」確かに。

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posted by Fukutake at 09:09| 日記

2019年09月26日

ティファニーで朝食を

「ティファニーで朝食を BREAKFAST AT TIFFANY’S」 トルーマン・カポーティ TRUMANN CAPOTE

(将来有名宝石店のティファニーで朝食をとるような日が来るだろう、とホリー・ゴライトリーが語る)

 「”He’s still harping? “ she said, and cast across the room an affectionate look at Berman. “But he’s got a point, I should feel guilty. Not because they would have given me a the part or because I would I have been good: they wouldn’t and I wouldn’t . If I do feel guilty, I guess it’s because I let him go on dreaming when I wasn’t dreaming a bit. I was just vamping for time to make a few self-improvements: I knew damn well I’d never be a movie star. It’s too hard; and if you’re intelligent, it’s too embarrassing. My complexes aren’t inferior enough: being a movie star and having a big fat ego are supposed to go hand-in-hand; actually, it’s essential not to have any ego at all. I don’t mean I’d mind being rich and famous. That’s very much on my schedule, and someday I’ll try to get around to it; but if it happens, I’d like to have my ego tagging along. I want to still be me when I wake up one fine morning and have breakfast at Tiffany’s.」(1958)

邦訳(瀧口直太朗訳 新潮文庫 1968)
 「「あの人(バーマン)まだくりごといってるの?」彼女はいって、部屋の向こうにいるバーマンにやさしい視線を投げた。「でも、あの人には一つの考えがあるのよ −− つまり、あたしに、自分が悪かったと感じさせたいのね、といっても、映画会社の人があたしに役をくれるところだったのにとか、あたしならその役を上手にこなしただろうにとか、そんなんじゃないの。あたしがハリウッドにとどまっていたところで、結局、役などくれなかっただろうし、たとえくれたところで、あたしにはうまくこなせっこないわ。要は、あたしが悪いことをしたと感じれば、あたしがあの人の夢をそのままこわさないでおくからなのね −−あたし自身はちっとも夢なんか見ていないのにさ。あの頃、あたしはただしばらくの間、何か自分のためにしようと思って男を食いものにしていただけなのよ。あたしは映画のスターになんか絶対なれっこないってこと、知りすぎるほど知ってたわ。それはとてもむずかしいことだし、もしこちらに少しあたまでもあれば、とてもバカバカしい仕事なのよ。あたしにはそれにがまんできるだけの劣等感がない。映画スターになることと、大きな自我を持つこととは並行するみたいに思われてるけど、事実は、自我などすっかり捨ててしまわないとことには、スターになどなれっこないのよ。といっても、あたしがお金持ちになり、有名になることを望まないというんじゃないのよ。むしろ、そうなることがあたしの大きな目的で、いつかはまわり道をしてでも、そこまで達するようにつとめるつもり。ただ、たとえそうなっても、あたしの自我だけはあくまで捨てたくないのよ。ある晴れた朝、目をさまし、ティファニーで朝食を食べるようになっても、あたし自身というものは失いたくないのね。」

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なぜかあらゆる男が惹かれる、奔放かつ冷静な小娘ホリー・ゴライトリー。
posted by Fukutake at 16:12| 日記