2019年11月22日

大正から昭和へ

「寺田寅彦随筆集 第二巻」 小宮豊隆編 岩波文庫 

凌雲閣の爆破 p263〜

 「震災後復興の第一歩として行われた浅草凌雲閣の爆破を見物に行った。工兵が数人かかって塔のねもとにコツコツ穴をうがっていた。その穴に爆薬を仕掛けて一度に倒壊させるのであったが、倒れる方向を定めるために、その倒そうとする方向の側面に穴の数を多くしていた。準備が整って予定の時刻が迫ると、見物人らは一定の距離に画した非常線の外まで退去を命ぜられたので、自分らも花屋敷の鉄檻の裏手の焼け跡へ行って、合図のラッパが鳴るのを待ってた。その時、一匹の小さなのら犬がトボトボと、人間には許されぬ警戒線を越えて、今にも倒壊する塔のほうへ、そんなことも知らずにうそうそひもじそうに焼け跡の土をかぎながら近寄っていくのが見えた。
 ぱっと塔のねもとからまっかな雲が八方にほとばしり上がったと思うと、塔の十二階は三四片に折れ曲がった折れ線になり、次の瞬間には粉々にもみ砕かれたようになって、そうして目に見えぬ漏斗から紅殻色の灰でも落とすようにずるずると直下に堆積した。
 ステッキを倒すように倒れるものと皆そう考えていたのであった。
 塔の一方の壁がサーベルを立てたような形になってくずれ残ったのを、もう一度の弱い爆発できれいにもみ砕いてしまった。
 爆破という言葉はどうしてもあのこわれ方にはふさわしくない。今まで堅い岩でできていたものが、突然土か灰か落雁のようなものに変わってそのままでするするとたれ落ちたとしか思われない。それでもねもとのダイナマイトの付近だけはたしかに爆裂するので、二三百メートルの距離までも豌豆大の煉瓦の破片が一つ二つ飛んで来て石垣にぶつかったのを見た。
 爆破の瞬間に四方にはい出したあのまっかな雲は実に珍しいながめであった。紅毛の唐獅子が百匹も一度におどり出すようであった。

 あの時に塔のほうに近づいて行ったあの小犬はどうしたか。当時を思い出すたびに考えてみるのだが、これはだれに聞いても到底わかりそうもない。
 こんな哀れな存在もあるのである。」

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明治煉瓦時代の最後。
posted by Fukutake at 10:43| 日記

2019年11月21日

不平を言うな

「医師は最善を尽くしているか Better: a surgeon’s notes on performance」 アトゥール・ガワンデ 原井宏明訳 みすず書房 2013年

あとがき より
医学生への五つのアドバイス(その2)
p232〜
 「二つ目のアドバイスは、「不平を漏らすな」である。医師にとっての不満の種が尽きないことは当然である。未明の呼び出し、無意味な書類の山、コンピューターの故障、金曜日の午後六時にかぎって新しい問題が出てくる。疲れに打ちのめされたらどんな気持ちになるかはだれでも知っている。しかし、医療において、医師が不満を漏らすのを聞くことほど、周りのやる気を奪うものはない。
 病院のカフェテリアで外科医と看護師の集団と一緒にランチをしたとき、会話の始まりはとでも楽しかった。… しかし、外科医の一人が、胆嚢の重い感染症のために先週日曜日に診た女性患者について、今朝二時に救命救急室から呼び出された時の苦しい話をしはじめた。彼は先週患者に、最初は入院して
抗生物質と補液で治療し、炎症が治るまで待ってから手術した方がいい、と伝えていた。しかし、救命救急室の医師は患者に、その案は危険だ、いますぐ手術した方がいい、と話してしまっていた。「あの救急室の医者は間違っている」と外科医は言う。「間違っているだけじゃない、常識がない。患者に話す前に私に一本電話をかけ、いまどうなっているか、どうするか、私と相談すべきだった。あとで、救急室の医者に問いただしたが、まったく謝る気がなかった」この話のあと、その場の他の者からも、同じような失礼なふるまいの話がぞろぞろ出てきた。ランチの後病棟に戻るときには、みんな怒りと自己憐憫を感じていた。
 医療は、試される職業である。それは、疾患の難しさのためでなく、ほんの一部しかコントロールできないような状況で、他人と仕事をすることの難しさのためなのである。… 困難な局面にさしかかったとき、駆け寄ってきてくれるコーチはおらず、医師は自分で自分を励まさなければならない。しかし、医師はそれがうまいとは言えない。会議室や学会場、病院のカフェテリアなど、医師が集うところならどこでも、会話の重心はわれわれを取り囲む災いについて長談義に傾いてしまう。
 しかし、これに抵抗しなければならない。災いの長談義はつまらないし、何も解決しないし、人を落ち込ませる。太陽のように明るくふるまえというわけではない。何かの話ができるように準備しておきない。読んだ本にあったアイデア、出会った面白い問題、何もなければ天気の話でもいい。それでも会話が続けられるかどうか試してみてほしい。」


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愚痴を言うな。

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posted by Fukutake at 10:52| 日記

2019年11月08日

医者の心得

「医師は最善を尽くしているか Better: a surgeon’s notes on performance」 アトゥール・ガワンデ 原井宏明訳 みすず書房 2013年
(その1)

あとがき より
医学生への五つのアドバイス
p230〜
 「あるとき、医学生に講義をする機会があった。ある講義中に、この疑問の答えを探してみようと思い立った。医学生のためでもあり、私自身のためでもある。五つの答えを思いついた −− 価値のある違いをどうすれば生み出せるか、言い換えれば、どうすればポジティブな逸脱をできるか。それについて五つのアドバイスを考えたのである。

 最初のアドバイスは、私の好きなポール・オースターのエッセーから引いている。「筋書きにない質問をしなさい」。医師の仕事は見知らぬ人に話しかけることである。ならば、その見知らぬ人からいろいろ学んでもいいはずだ。
 表面的には簡単なことに見える。では、新患が今、来たことにしてみよう。他にも三人の患者が診察を待っていて、問診票は二ページ残っていて、もう遅い時間になっている。この瞬間、あなたは今手にしているものだけで先に進みたいと思う。痛みはどこか、腫瘤は、他にどんな問題が?どのくらい続いているのか? 何を使ってよくなったり、悪くなったりは? 過去の医学的問題は? だれでも知っている基本的問診である。
 しかし、どん時点でもいいから、患者と時間を共有することを考えてほしい。筋書きにない質問をしてみるのである。「出身はどこですか?」あるいは「どうしてボストンまで来たんですか?」さらには「昨夜のレッドソックスの試合は見ましたか?」深くて重要な質問はする必要はない、人としてのつながりを持てればいい。こんなつながりには興味がないという人もいる。そういう人はただ腫瘤を診て、自分の仕事をすればいい。
 しかし、たくさんの反応が返って来ることにも気がつくだろう。なぜなら、患者は礼儀を知っていたり、友好的だったり、あるいは人のつながりを求めていたりするかもしれない。そういうことが起こったなら、二文以上に会話が続くように努めるといい。話を聞くのだ。記録も取る。患者は右鼠蹊部ヘルニアの四六歳男性ではない。患者は四十六歳の元葬儀屋で、葬儀ビジネスを嫌っており、鼠蹊部にヘルニアがあるのだ。…」


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患者も人間だ。

posted by Fukutake at 09:01| 日記