2017年05月15日

お追従者の排除

「君主論」マキャベリ 池田 廉 訳 中公文庫 昭和五十年

君主は、お追従者をどのようにしたら避けたらよいか

131p~

 「ここできわめて重大な問題、つまり、君主の避けがたいある過失について、ふれておきたい。この過失は、君主がよほど思慮に富む人か、あるいはりっぱな人選をしていなければ、まぬがれるのは困難なものである。すなわち、宮廷にざらにみかけるお追従者についてである。
 人間は、自分のことになるとまことに身びいきなものである。そこで、その点で人の言うなりにだまされてしまうから、このペスト禍から身を守るのはむずかしい。しかも、汚染から身を守ろうとして、あまく見くびられる危険性もでてくる。というのは、そもそもへつらいから身を守る手段は、ただあなたが真実を告げられても、決して怒るものではないことを人々にわからせる以外にはないからである。ところが、そこで、だれもかもあなたに向かって真実を話していいということになると、あなたへの尊敬の念は失われてしまうものである。
 こう考えてみると、思慮の深い君主のとるべき道は、第三の道でなければならない。すなわち、君主は、国内から賢人たちを選びだして、この人たちだけにあなたに真実を語る自由を認めること、しかも、それは君主が下問する問題にだけかぎって、ほかのことは許さないようにすることである。君主は、そこで諸般のことがらにつき、彼らにたずね、彼らの意見を聞き、そののち、ひとりで自分なりに決断をくださなくてはならない。しかも、こうした助言全体に対しても、また、個々の助言者に対しても、率直に話せば話すほど歓迎されることがめいめいに十分くみとれるように、対処しなくてはいけない。また、彼ら以外にはだれのことばも聞かず、君主自身が決断したことは実行し、その決断に対しては固執して貫かなければいけない。これとはちがったやり方をするのでは、きっと尾追従者におとしいれられ、雑多な意見の出るたびに自分の意見をひるがえして、君主自身に対する人々の評価を落とす結果となる。」


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posted by Fukutake at 11:43| 日記

2017年05月08日

現実と幻

「精神のエネルギー」 ベルクソン 宇波 彰 訳 
第三文明社 レグスルス文庫 1992年

三 <生者の幻> と <心霊研究>

「テレパシーと偶然の一致」より

 p82〜

 「… しばらく前のことですが、私が出席した或る社交界の集まりで、みなさんが研究している現象が話題になりました。そこにはフランスの最もすぐれた医学者のひとりがいましたが、その方はフランスの最もすぐれた科学者のひとりでもありました。話を注意深く聞いてから、彼はおよそ次のようなことを言いました。<あなた方の言われることはすべて私にとってたいへん関心があります。しかし私はみなさんが結論を出す前に考え直すようにお願いしたいのです。私もまた異常な事実を知っています。そして私はその事実が本当であることを保証します。というのは、それを私に話したのはたいへん知性のある女性で、彼女のことばを私は絶対に信じているからです。この女性の夫は士官でしたが、或る局地戦で戦死しました。ところが、その夫が倒れた瞬間に、彼女はその情景を幻で見たのです。それはあらゆる点で現実と一致するはっきりとした幻視でした。おそらくみなさんは、彼女自身がそうしたように、そこには千里眼かテレパシーといったものがあった結論されるでしょう。しかし、みなさんが忘れていることがひとつだけあります。つまり、夫が元気なのに、死んでしまったか死にかけている夢を見る妻は大勢いるということです。幻で見たものが現実と一致するばあいだけを注意して、そうでないばあいは考慮されないのです。調べて見るならば、幻と現実と一致が偶然の作用の結果であることがわかるでしょう。>
 会話はよくわからない方向にそれて行きました。そして、哲学的な議論を始めることは問題になりませんでした。それにふさわしい場所でもなく、時間もなかったのです。しかし、テーブルを立ったとき、話をよく聞いていたたいへん若い女性が、私のところへ来て次のように言いました。<先ほどのあの先生の考えはまちがっているように思えます。あの先生の考えがどこで違っているのかはわかりませんが、違っているはずです。>そうです。誤りがあったのです。若い女性の方が正しく、まちがっていたのはすぐれた科学者の方でした。彼は現象のなかの具体的なものに対して目を閉じていたのです。彼は次のように推論しました。<夢や幻覚によって家族の者の死か危篤の状態が知らされるとき、それは本当か誤りであり、そのひとは死ぬか死なないかである。したがって、幻が真であるならば、それが偶然の結果でないことを確かめるためには、<本当のばあい>と<誤りのばあい>の数を比較しなければならない。>彼は自分の推論が置換によっていることがわかりませんでした。つまり彼は、一定の時と場所で、だれそれという兵士たちに囲まれてその士官が倒れたという、具体的で生きた情景の描写を<女性は真実のなかにいたのであって、誤りのなかにいたのではない。>という、無味乾燥で抽象的な考え方に置き換えたのです。
(略)
 つまりその女性が見た場面、彼女から遠いところの、きわめて複雑な情景のそのままの再現である場面を無視することで成り立っています。」

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1913年5月28日、ロンドンの心霊研究会での講演
posted by Fukutake at 08:46| 日記

2017年05月01日

帝王学

「中国の古典 貞観政要」湯浅邦弘 角川ソフィア文庫 2017年

人を選ぶ

P141〜

自薦は信用しない

 「貞観十三年、太宗がおそばに仕える臣下たちに言われた。「私は聞いている。太平の後には、必ず大乱があり、大乱の後には、必ず太平があると。大乱の後[となる今]は、これこそ太平の巡り合わせである。天下の安定は、ただ賢人を得られるかどうかにかかっている。公らは、賢人を知ることができず、私もまた、もれなく知ることはできない。日一日[と過ぎていくのに]、人を得る方法がない。そこで今、人に自薦させようと考えた。ことことをどう思うか」。魏徴がお答えして語った。「他人を知ることができるのは知性、自分を知りことができるのは明察です。他人を知ることそれ自体すでに難しいことです。自分自身を知ることは、実にまた容易ではありません。さらに、暗愚の人は、みな自分の才能や善行を誇りがちです。[自薦させれば]おそらくは澆競(ぎょうそう)の風を助長することでしょう。自薦させるべきではありません。」

(書き下し文)
 「貞観十三年、太宗、侍臣に謂て曰く、「朕聞く、太平の後、必ず大乱有り。大乱の後、必ず太平有り。大乱の後は、即ち是れ太平の運なり。能く天下を安んずる者は、惟だ賢才を得るに在り。公等既に賢を知る能わず。朕又徧く識るべからず。日復た一日、人を得るの理無し。今人をして自ら挙げしめんと欲す。事に於て何如。」魏徴対えて曰く、「人を知る者は智、自らを知る者は明。人を知ること既に以て難しと為す。自らを知ること誠に亦易からず。且つ愚暗の人、皆能に矜り善に戈る。恐らくは澆競の風を長ぜん。其の自ら揚げしむべからず。」

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他人を知ることは難しいが、自分を知ることはもっと難しい。
posted by Fukutake at 06:07| 日記