2018年06月04日

おっと危ない!

「史記を語る」 宮崎 市定 著 岩波文庫 1996年

 世家

123p〜

中央集権と封建制
 「高祖が項羽と戦って食うか食われるかの死闘を繰り返すが、いつも旗色がよくない。苦慮して高祖は説客の酈食其(れきいき)に策略を問うと、食其が
答えて言う。
  天子の力で滅びた国の後を嗣がせ、その領土を復活してやることは、大へん功徳になることです。暴虐な秦は六国を滅ぼして、其の地を皆中央の直轄地にしたため、人望を失い、民心が離叛しました。今もし陛下が後裔を探し出して封建し、旧領を復活させてやりましたならば、地方の人民は陛下の恩徳に感じ、死力を尽くして陛下のために働きましょう。さすれば楚は孤立して勢いを失い、陛下の軍門に降るよりほかないでしょう。

 高祖はこの提案をひどく気に入り、急いで六国のそれぞれの王の印を彫らせ、酈食其にその印を持たせて出発させようとした。そこへ入ってきたのが張良である。張良はこの計画を聞くとびっくり仰天した。

   そんな事をなされては万事が打ち毀しです。封建は古代の聖王が実施したことですが、いったい陛下は殷の湯王になれますか。周の武王になれますか。なれないでしょう。それに今、各地方出身の有為の士が陛下の許に集まって犬馬の労に服している、その本心はと言えば、身分相応の手柄を立てて、陛下の大業成就の暁には、せめて一城の主にでも取り立てていただきたいという心願があるからです。ところで今もし六国の後裔に旧領を復活しておやりなさい。彼らは皆な出身地の王たちの許へ鞍替えして行きましょう。陛下はその時誰を手助けにして天下を取ろうとなさいますか。只今の計画に従いましたならば、これまでの苦労は水の泡になってしまいます。

 この張良の諌めを聞いた高祖は、口に入れていた食物を吐き出して、怒鳴った。

   あの腐れ儒者め。乃公(わし)の仕事をすんでのことで滅茶滅茶にする所だった。

高祖は即座に命令して、彫りかけていた印を潰させた。頭の回転が早くて、先入観に捉われず、すぐに正しい判断が出来るのが高祖の特徴であった。
 この時の張良の意見が正鵠を射たものであったことは、後世になって確かな証人が現れたのも面白い。五胡十六国時代の初期に覇を称えた後趙の石勒は、当世随一の豪傑であった。胡人であったから、中国語は分かるが漢字が読めない。そこで侍臣に命じて中国の史書を読ませてはそれを聞いて心得した。ちょうど書を読んで、酈食其が高祖に策を献じ、六国の後を立てようという段になって、石勒は机を叩いて叫んだ。

  危ない、危ない。これでは高祖は天下を取れないぞ。

しかし次に張良が現れて、この計画が頓挫してしまう段になると、胸を撫でおろして言った。

 そうだ。そうこなくてはならぬ所だ。

優れた政治家は、同時に優れた歴史家でもあったわけだ。

-----
英雄、英雄を知る。
posted by Fukutake at 12:44| 日記

2018年05月28日

医者と患者

「医学に何ができるか」 ルイス・トマス    晶文社 1995年

20 医者が患者になったとき

266P〜

  「医学のなかで学ぶのがむずかしく、教えるのがさらにむずかしいことのひとつは、患者になった時の気持ちはどんなものかということである。昔、だれもが重い病気を経験するのがふつうだった時代には、たいていの医者も少なくともふたつみっつ自分で重病を経験していたので、その病気の患者の気もちはかなりよくわかっていた。二十世紀はじめに育った肺疾患の専門家には、自分が結核になったことからこの分野への興味をもった人が多い。リハビリテーション医学の指導者的人物にはポリオで不自由になった人もいた。この年代の医者はみな、肺炎やチフスを自分自身が直接経験しているか、そうでなければ身近な家族をひとりぐらいはこの病気でうしなっていた。
 いまでは、事情がずいぶんちがっている。致命的あるいはそれに近い病気は老人の病気だけといってよいくらいになってしまった。チフスにかかって、毎日死を目のまえにしながら六週間も八週間も危険な日々をすごしたあと、やっと切りぬけたときには人生を見る目が確実に変わり、まえよりはつよい性格になった自分を発見する、というような経験をすることはもうない。

 集中治療室の電子モニターや、ガンの化学療法薬、現在外科手術の離れわざ、複雑になるいっぽうの医療診断方法の動員など、重病に対処するためにできた技術は講義ノートや教科書でマスターしてからじっさいの患者の治療で修得するのであるが、このような治療を受けることによって患者がじっさいどんな気もちを経験するかについて多少なりともわかる医者の数はごく限られている。はしかや百日咳、水ぼうそうなどのワクチンのおかげで、またとくに連鎖状球菌を容易に制御できるようになったおかげで、幼児の伝染病さえほとんどみられなくなった。ちかごろの若い医者は、耳が痛いというのはどういうことかわからない。鼓膜穿刺が患者にとってどういうものかにいたっては、なおさらわからない。

---
他人の痛みがわかるということ。
posted by Fukutake at 11:39| 日記

2018年05月21日

ガリレオへの判決文

「野に雁が飛ぶとき」キャンベル選集V ジョーゼフ・キャンベル 
 武舎るみ 訳 角川書店 1996年
その2

125p~

意味を持たない象徴

(異端審問宗教裁判所の枢機卿たちは次のような判決を書き残した)
 「フィレンツェの故ヴィンチェンツォ・ガリレイの息子である汝、ガリレオ、七十歳は、一六一五年、本検邪聖省に告訴された。それは、多くの者が説いている偽りの学説、すなわち太陽は世界の中心にあって動かず、地球そのまわりを一昼夜の周期で公転している、という説が真実であると主張したためである。また、前記の説を弟子に教えたこと、ドイツの数学者たちと、前記の学説について文通を続けたこと、太陽黒点に関する書簡を出版し、そのなかで前記の学説を展開したことも、告訴の理由である。さらに、汝の学説に対して、聖書の基づいた異議が頻繁に申し立てられたが、汝自身の解釈に従って聖書にもっともらしい説明をつけることにより、その異議に反論したことも同じく告訴の理由である。告訴の際、以前汝の弟子であった人物に宛てて汝が書いたと称する文書の写しが提出されたが、そのなかで、汝はコペルニクスの仮説に従い、聖書の真の意味と権威に反する数々の主張を盛り込んだ。したがって、(このせいなる法廷は、汝の以上の行為によって生じ、聖なる教義を傷つけ続けている混乱と悪影響に対して、法による禁止措置を講じたい所存であったが)教皇猊下と、万人のための至高の異端審問宗教裁判所の枢機卿にあらせられ、神聖かつ卓越した諸閣下との命により、検邪審問の神学者たちが、太陽の不動と地球の運動の二説について、以下のような評定を下した。
一、 太陽が世界の中心にあり、その位置を動かないとする説は不合理であり、聖書に明らかに反するため、正式に異端である。
二、 地球が世界の中心ではなく、不動ではなく、一昼夜の周期で動いているとする説も不合理であり、哲学的に見て誤りであり、神学的から考えると、ともかく完全に誤りである。

 従って、……われらが主イエズス・キリストと、最も栄光に満ちたその聖母マリアの最も神聖なる御名を唱えつつ、われわれは以下の最終判決を下さす……われわれはこう申し渡し、判決を下し、宣告する---「汝、前記のガリレオは……太陽が世界の中心にあり、東から西へ動いてはいないという学説、ならびに地球は動いており、世界の中心ではないという学説を信じ主張したかどによって本裁判所により著しく異端の嫌疑をかけられた。また、ある学説は、聖書に反すると宣言され、裁判所のよって最終的にそう裁定されたあとも、真である可能性があると主張し、支持することができるため、汝は、聖なる教会法と、その他の一般および特殊の法規において、前記の事項の違反者に対して命じられ告示されているあらゆる譴責と刑罰とを受けることになった」。そこで、もしも汝がわれわれの面前で、偽らぬ心と真の信仰心をもって、カトリックとローマカトリック教会に反する、前期の誤りと異説、ならびにその他すべての誤りと異説を宣誓のうえ放棄し、誤りだと認め、公に非難するならば、われわれは喜んで汝に無罪を申し渡すものである……」

----
覆すのに400年かかりました。
posted by Fukutake at 11:33| 日記