2019年05月03日

敗戦に至った日本人のマインドセット

「敗戦を招いた『外交下手』の根底にあるものとは」 中西輝政 
  月刊誌「歴史街道 2019年5月号」より

 日本人の国民性

p45〜
 「…第二次大戦が終わった後、日本と今次の戦争のことを聞かれたウィンストン・チャーチルは、次のような意味の譬え話をしました。「日本人が道路を歩いているときに、突然、殴られた。身の覚えのない日本人はその理由がわからないまま、例の謎のような笑みを浮かべて通り過ぎた。そこで殴った相手は 日本人は危害を加えられても怒らないと思って、次の機会に、また殴りかかった このときも日本人はただ耐えただけで、目立った行動を取らなかった。そこでいよいよ、多くの人間が加わって、日本人に殴りかかると、日本人は突然 猛烈に反応して、殴った相手全員に命がけで向かってきた。これは大変なことになったと、道路を歩いている他の人たちが驚き、よってたかって日本人を袋だたきにした」
 まさに大正からの日本外交の拙劣さが、昭和日本の悲劇である大東亜戦争に帰結したことを、象徴的に語っているのではないでしょうか
 最初に殴られた段階で 国際ルールに則った当たり前の反応、つまり厳しく抗議する。ときには抗議だけでなく行動に出て、大使の召喚や経済制裁といった手段を取って、こちら側の意思を明確に表明する。それはどこの国でも行うことなのですが、日本はどうにもならなくなるまで「大人の対応」を続け、丸く収めようとした。これは国際政治では大変危険な行為であることを知らなければなりませんでした。とりわけ、それは国内世論の暴発につながるからです。 
 こうした大正・昭和の日本外交をひと言で表現すれば「下手だった」といえるでしょう。チャーチルが比喩を通じて、それを指摘したのですが、いまも続く、この日本の「外交下手」が大東亜戦争の敗戦という「昭和の悲劇」へ至った最大の原因だったといっていいでしょう。そして、その根底には日本人の国民性があることも直視すべきかもしれません
 日本人はあまりにも道徳的に国際政治を見過ぎ、理想を真面目に信じて、律儀にそれを実践しようとしがちだ。しかし、それが反対の極に振れたとき、バランスを失い、満州事変以後のような激しい敵対感情をたぎらせる国内世論につながっていく。この実直極まりない国民性が実は「日本の外交下手」の根っこにあるーこれは半世紀近く国際政治を勉強してきた私がたどり着いた結論です。

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小子には、チャーチルの発言も米英自身の行った欺瞞を韜晦する意図が読み取れるのである。
posted by Fukutake at 12:20| 日記

2019年04月26日

ゆらぎ

「宇宙が始まる前には 何があったのか?」ローレンス・クラウス著
 青木薫訳 文藝春秋

 量子のゆらぎ

 p215〜
 「…もしも宇宙が無から生じたとすると、どの天体のニュートン的エネルギーの総量もゼロであるような、平坦な宇宙になるはずだと言える理由を説明しよう。その話は少々難しくなるため、一般向け講義では説明できなかったので、ここで扱えることをうれしく思う。
 まずはじめに、当面、わたしがどんな種類の「無」について論じるのかを明らかにしておきたい。それは、一番簡単な無、すなわち空っぽの空間である。さしあたって、内部に何もない空っぽの空間というものがあり、そこには物理法則が存在しているものと仮定しよう。しかし、科学的な定義は使い物にならないと言わんがために、無という言葉の定義をくるくると変える人たちが作り替えた無の定義に照らせば、このバージョンに無は、本当の無ではないということになってしまうのだ。だが、なぜ何もないのではなく何が存在するのか、という問題をめぐって真剣な考察がなされていたプラトンやアクィナスの時代には、何も含まない空っぽの空間こそが、彼らの考える無、すなわち「何もない」ということの、良い近似になっていたのではないだろうか。
 アラン・グースはこのタイプの「何もない」ところから、いかにして何かが生まれたのかを説明したーーそれは究極のフリーランチだった。空っぽの空間は、物質や放射がまったく存在しなくても、ゼロでないエネルギーを持つことができる。そして一般的相対理論の教えるところによれば、エネルギーをもつ空間は指数関数的に膨張する。結果として、ごく初期にはきわめて小さかった領域も、一瞬のうちに、今日の観測可能な宇宙を軽々と含むほどの大きさになったのだ。
 その急激な膨張により、空間に含まれるエネルギーが増大し、われわれの宇宙を含む領域はどんどん平坦になる。そうなるためには、手品も、奇跡の介入もいらない。そうなるのは、空っぽの空間のエネルギーに伴う重力的な「圧力」が、負の値をもつからである。「負の圧力」であるため、宇宙が膨張するにつれてエネルギーはどんどん空間の中に移行し、空間のエネルギーは減少することがない。
 この描像によると、インフレーションが終了したとき、空っぽの空間に貯め込まれていたエネルギーは粒子や放射のエネルギーに変わり、現在のビッグバンの膨張が始まる。そこから先の成り行きは追跡することができる。というのは、インフレーションは事実上、それ以前の宇宙についての記憶をきれいに消し去ってしまうからだ。はじめにどんな複雑性や規則性が(大きな、もしかすると無限大の宇宙ないしメガバースの中で)存在していたとしても、十分なインフレーションの膨張が起こったあとでは、きれいに引き伸ばされるか、または今日の地平線のその側に追い出されるか、あるいはその両方が起こり、結果として、われわれが観測する宇宙はほとんど均一になるのである。」


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「ほとんど均一」とは、わずかな密度のゆらぎは残り、それが今日の宇宙の構造となった。
posted by Fukutake at 09:08| 日記

2019年04月25日

太閤の慧眼、大御所の胆力

「大航海時代にわが国が西洋の植民地にならなかったのはなぜか」 しばやん
 文芸社 2019年 
(その2)

 「あとがき」より(p298〜)

 「いつの時代もどこの国でも、侵略する意思のある国から国を守るには、相手が戦うことを断念せざるを得ない状況を作ることが必要である。この時代(*戦国時代〜徳川初期)に、多くの寺社が破壊され、多くの日本人が奴隷として世界に売られていったのだが、それでもわが国が西洋の植民地とならなかったのは、当時のわが国の武士が勇敢で、西洋よりも優秀な武器を大量に保有していたことが重要なポイントであることは言うまでもない。しかし、さらに重要なのは、スペインやポルトガルにわが国を侵略する意思があり、その宣教師がその先兵の役割を担っていることを早くから察知していた為政者がわが国にいたことである。また、キリスト教が伝来する六年も前にわが国に鉄砲が伝来したということも見逃せない。わが国は鉄砲伝来からわずか一年でその製造に成功し、その後近畿を中心に大量生産体制を早期に整え、多くの大名がすでに大量の鉄砲を保有していたことは宣教師たちにとって想定外であったに違いない。
 宣教師たちは武力で日本を征服するこのとの困難さを認識し、まずはキリスト教の布教を強化し、キリシタン大名を支援することで日本の分断化をはかる。その上で、キリシタン大名の助力を得てシナと朝鮮半島を征服し、機が熟すのを待って、朝鮮半島から最短距離で日本を攻撃し、キリシタン大名を味方につけてわが国を二分して戦おうと考えていたことが、彼等の記録から推測できる。
 しかしながら、恐らく秀吉はその魂胆を見抜いていて、天正一九年(1591年)フィリピン、マカオに降伏勧告状を突き付けてスペイン・ポルトガルを恫喝し、その翌年には朝鮮に出兵(文禄の役)しているのだ。
 秀吉の朝鮮出兵については、晩年の秀吉の征服欲が嵩じて、無意味な戦いをしたというニュアンスで解説されることが多いのだが、当時の記録を読めば秀吉は、スペイン・ポルトガルに先んじてシナを攻めることにより、両国がわが国を侵略する芽を摘もうとしたと考えるほうが妥当であろう。
 …
 江戸幕府は、布教を条件とせず貿易だけでアプローチしてくるオランダ・イギリスに次第に傾斜していき、ついにはキリスト教禁教令を出すに至った。そしてオランダの助力により島原の乱に勝利したのち、幕府は海外貿易の相手国を、オランダ・中国に絞り込み、貿易港を長崎の出島に限定して、出入国を厳しく規制したのである。」

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posted by Fukutake at 13:29| 日記