2017年07月31日

家族システム

「エマニュエル・トッドで読み解く 世界史の深層」鹿島 茂 
ベスト新書 KKベストセラーズ 2017年

トッドに未来予測を可能とする家族システムという概念

絶対核家族 41p〜

 「「絶対核家族」の家族単位は、父、母、子の「核」からなり、親は子に、早い時期から独立を促します。親に頼らず同居することもなく、一人で稼いで生きていけとはっぱをかけるのです。子もまた、それに答えて、あるいは自ら選び取って家を出ていきます。親子のきずなはさほど強くなく、そのぶん、子も親も「自由」を保証されます。結婚後に親と同居することはほとんどありません。


イングランドが絶対核家族となったのは教区簿冊が残っている一六、一七世紀には、確実で、…シェイクスピアが活躍した一六、一七世紀のイングランドの裁判記録に、相続権をめぐる親子の紛争が多数残っているという調査がなされています。親子間での相続訴訟が多い理由は、親が複数いる子どもを相手に自分の財産をオークションに掛け、条件が合わない場合には他人に売り渡してしまうケースが少なくなかったからのようです。これは他の家族類型には見られない特殊な例で、イングランドにおける親子関係が金銭での解決に傾きやすいドライなものだったことを物語っています。


 また、もともと核家族での親子間のつながりは弱いため、世代が断絶しやすい傾向があり、知恵や経験が受け継がれることも多くはありません。早期の独立をすすめる親は、教育という手間暇、費用のかかるものに熱心になることはありません。
 子ども、特に男の子が複数いた場合は、兄弟どうしで遺産を平等に分割するという観念はなく、相続に関しては、兄弟相互が一人占めを狙って「争う」ことも多かったようです。
 この遺産相続の不平等、というよりも平等への無関心から導かれるのが、イングランド型の差異主義です。
 イギリス文学史上で最も偉大な劇作家といえば、シェイクスピアですが、その作品の多くは遺産相続をめぐるドラマでした。代表作『リチャード三世』は、主人公のリチャードが、兄弟親族妻妾かまわず謀殺や虚言をこれでもかと繰り返し、イングランド王位を奪取する悪行譚です。手段を選ばぬ争いと、はてのない欲望は、「絶対核家族」原理の究極的な表出といえます。」


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自主、独立といえば聞こえは良いですが、…。
posted by Fukutake at 08:28| 日記

2017年07月24日

お金は時間経過により劣化すべき

「エンデの遺言」ー根源からお金を問うことー 河邑 厚徳+グループ現代
 NHK出版 2000年

お金の常識を疑う

プラス利子のお金の仕組みがすべてではない

242p〜

 「…人類はつねにプラスの利子のつく貨幣システムで生きてきたわけではありません。例えば、いまエジプトは発展途上の国家です。ナイル河流域は砂漠です。ところが古代世界でエジプトは世界の最先進国であったわけです。ナイル河流域は広大な穀倉地帯でした。それが、なぜ今日のような状況にあるのでしょうか。実は、それを解く鍵がお金のシステムなのです。古代エジプトでは数千年にわたって、私たちがいま使っているようなお金のシステムとは別のシステムを持っていたのです。
 それは減価するお金のシステムです。当時、農民は穀物を収穫すると、それを穀物備蓄倉庫にもっていきました。そこで保管してもらうのです。その代わりに、納入した穀物量と引き渡し日が焼き込まれた陶片を受け取ります。この陶片は穀物の受領を証明するものですが、同時にお金としても使われました。
 これは倉庫に収められた穀物によって担保されるお金だったのです。当時穀物はネズミなどによる食害や保管費用がかかります。したがって、その担保物の減価率をそのお金も反映しなければなりませんでした。ですからマイナスの利子のお金であったわけです。そうすると農業者は、このお金を貯めておいても損ですから、別なモノの形で、自分の豊かさを維持しようとします。当時の農民は、そこで自分の豊かさを灌漑施設の整備や土地の改良にそそぎ込んだのです。豊かさをお金の形でもたず、自分たちに長期的な利益をもたらすものに投資したのです。しかがって、ナイル河流域は豊かな穀倉地帯となったのです。
 これはローマ人がエジプトを支配し、自分たちのお金の仕組み、それはプラスの利子の付くお金のシステムですが、それを強制するまで続いたといいます。しかし、そのシステムが終焉したとき、エジプトの繁栄も終わったのです。」
(中略)
 「ここで見られるのは、もしお金がマイナスの利子のシステムのもとにおかれるならば、社会が実現した富はなるだけ長期的に価値が維持されるようなものに投資されるということです。これと対照的に、プラスの利子の場合には、より短期の利益をあげるものへの投資が優勢になります。」

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その悪い例が、日本の林業だとして、日本の森が死んだことにつながったとエンデは説く。
posted by Fukutake at 09:00| 日記

2017年07月19日

天皇機関説事件(2)

「なぜ日本は変われないのか」日本型民主主義の構造 山本七平 (その2)
さくら舎 2011年

 「美濃部氏はいう。『凡そいかなる学問にも学問を専攻する者の学説を批判し、その当否を論ずるのは、批判者自身が、その学問について、相当の造脂を持っており、相当の批判力を具えている』ことが前提で、その前提を欠いた批判はいっさい問題にならぬ」

 だが、問題は、そこにはなかったのである。氏の論理と体系が、それ自体としては批判の余地なく完結しているということは、その体系と日本の伝統的価値観との間に齟齬がないということではない。
 非常に早急に進められた「外見的西欧化」は、それ自体で完結した輸入の論理体系はつくり得ても、それは民衆の伝統的常識とは乖離した体系に過ぎなくなる。
 「国家は法人、天皇はその法人の一切の権利を総覧する代表権を持つ機関」と規定されても「法人」という抽象的概念を実態となし得る伝統のない社会では、その規定自体が実は「宙に浮いてしまう」のである。
… 従って「機関説排撃派」のいっていることは、常に、ひとことでいえば。「自分の考えていた日本というものは、そんなものではない」という「実感」の表明だけになる。
 だが、この実感を一つの「理論」として、体系立てて美濃部氏に論争を挑む能力はない。従って議論をすれば、はじめから問題にならないのだが、相手のいっている完璧な論理には納得はできないし、前期の「実感」も去らないという、非常に困った状態になってしまうのである。

 一方、美濃部氏はひとことでいえば、「自分を批判する者は、理解力なき者。『法』に対して無知なるもの」という態度になる。
 それも確かに否定し得ぬ事実なのだが、それが民衆には官憲主義の象徴のように見えて、一種の強い感情的反発を誘発する。

中でも選挙に敏感な衆議院の代議士は、その感情的反発の側に立とうとするから、衆議院が過激になり、ついに全会一致で機関説排撃に立つ。

結局、美濃部氏は全く意味の通らない難くせをつけられて排撃されたことになる。

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天皇機関説事件の背景が良くわかりました。
posted by Fukutake at 09:26| 日記