2018年01月29日

「宣伝しないものは死ぬ」

「物を売るバカ」−売れない時代の新しい商品の入り方−
 川上 徹也 角川oneテーマ21 2014

ストーリーを売れ

39p〜
 「(売上を増やすために)安く売るというのはどうでしょう?
 価格はお客さんの買う気を刺激する重要な要素です。同じ商品なら多くの人は価格の安い方を選ぶでしょう。価格を下げるのは、一時的には確かに効果があがります。

 しかし、あなたの会社が大企業やチェーン店でないのであれば、そのような行為は、結局あなたの首を締めて行くだけです。
 そもそも値段を安くして一時的に売れたとしても、それは価格につられて来たお客さんによるものです。競合店がもっと安く販売すると、彼らはそちらに流れてしまいます。
 また、値下げすることは、商品やサービスの価値自体も下げてしまいます。
 2008年、価格が安いほど脳の幸福度は低くなるという研究結果が、カリフォルニア工科大学とスタンフォード大学経営大学院の研究者によって示されました。(実験は、学生に実際の価格を伏せて、5ドル、35ドル、90ドルのワインを飲ませたところ、実際の中身とは関係なく値段が高いと伝えられたワインがおいしかったと答えたのです。また、脳の測定でも、値段が高いと伝えられたワインから強い幸福感を得るという結果が出ました。)

 この結果より、「売り上げを増やすために価格を引き下げてはいけない。消費者は安売りされた商品を買った時には喜んだかもしれない。いざその商品を消費する時には、安い商品という意識が影響して、その商品にあまり喜びを感じない可能性がある」
 たとえば、ホテルの宿泊料なのがいい例です。確かにディスカウントすれば一時的に客が増えるかもしれません。しかし、そのホテルのブランドイメージは確実に下がります。客はそのホテルに泊まる喜びを感じにくくなり、その結果、ホテルの評判が下がってしまう危険性があるのです。
 特に、小さな会社やお店が勝負すべきは、「価格」の土俵ではなく「価値」の土俵です。他でやっていないことをすることで「価値」を生み出すのです。お客さんが、あなたの会社、お店、商品に対して「価値」を発見できれば、お客さんはそれに見合った価格を払ってくれます。
 そのような「価値」を生み出すためには、それに見合った「物語(ストーリー)」が必要になってくるのです。

----
普段は当たり前すぎて、気づかない自社や自社製品のストーリーを探し出そう。
posted by Fukutake at 08:52| 日記

2018年01月25日

日本の悲劇

「日本はいかにして 中国の戦争に引きずり込まれたか」〜
支那通軍人・佐々木到一の足跡から読み解く〜   
田中 秀雄  草思社 2014年

日本は中国を「侵略」したのか?  
36p〜

 「『兵敵改造與流其心理(兵隊の改造とその心理)』(著者 朱 執信)によると、
 支那軍の腐敗は下士官の単位から始まるという。仮にある小隊長が隊内のこの腐敗を除去し、改造しようとすると、必ず残りの小隊長らが反対する。中隊長がその中隊を正常化しようとすると、他の中隊長から迫害される。というのも改造は小隊長や中隊長らの飯の種を奪うことになるからだ。だから、賢明な小隊長や中隊長らは、下士兵卒の腐敗的雰囲気に自ら身を投じる。他の中隊長らに同化して一身の安全を図る。こうして戦時のどさくさにまぎれて殺人、掠奪、強姦も一緒になって遂行する雰囲気が出来上がる。
 平時は「万事不管」。日本の兵隊のように練兵などなく、ただほったらかしにされる。賭博が彼らの最も好むところだ。これを上官が奨励する。当然負けが込む者が大勢出てくる。不満だ。この憤怒を戦争に駆りたてるきっかけとする。元々一般社会からの脱落者が多く、性格上、彼らは自暴自棄の心理状態になりやすい。

 戦時は意外と逃亡兵が少ないという。行軍がある。鍋や薬缶、布団を担いで行軍する。馬に乗った指揮官は慰労などしない。極度の疲労は怒気をはらむ。
 戦場での逃亡はむろん処刑である。後退すれば、自らに銃を向けた督戦隊が待ち構えている。前を向いても後ろを向いても地獄だ、ままよ…。指揮官はこの自暴自棄の心理をうまく利用して、敵に向かわせる。こうして運よく生き延びている老兵がいつもいて、新兵を教育する。この歴戦のつわもの老兵は出動の命令がくると、歓喜の表情を表す。勝利の後の略奪という恍惚的体験が忘れられぬからだ。新兵もいずれ貫禄ある老兵になる。

 そしてこういう諺(ことわざ)が出来上がる。支那の軍隊がある町に入り込むと、第一日目は銭を奪い、二日目は女を漁る、三日目から賭博を開く。四日目以降に指揮官が指揮官らしいことを始める。「騒擾を禁ず」などの布告が出るのは騒擾が終わった後のことである。」

----
国民性は100年ぐらいでは変わりません。今の政権下の軍隊でもきっと…。
posted by Fukutake at 14:55| 日記

2018年01月22日

許由のひさご

「其角と楽しむ江戸俳句」 半藤一利 平凡社ライブラリー 2017

其角俳句の解説

122P~

 竹の声 許由の瓢 まだ青し

 「許由とくれば、これはもう中国の古典『蒙求』だと、早速引っ張り出した。
「許由、箕山に隠れ、盃器無し、手を以って水を捧げて之を飲む。人一瓢を遣(おく)り、以って繰(と)りて飲むことを得たり。飲みおわりて木の上に掛くるに、風吹き歴々として声あり。由以って煩わしと為し、遂にこれを去る」
 これでは余分の説明が必要で面倒くさい。で、その話をそっくりそのままに紹介している『徒然草』第十八段を引くことにする。
 「唐土に許由といいつる人は、更に身に随える貯へも無くて、水を手してささげて飲みけるを見て、なりひさごという物を人の得させたりければ、或時木の枝に掛けたるが、風に吹かれて鳴りけるを、喧かしとて捨てつ。また手に掬いてぞ飲みにける」
 兼好法師は、このあとをこう結んでいる。
  「いかばかりか心の内涼しかりけむ」
 貰った瓢を枝にかけておいたら、風に吹かれてころころと音をたてた。隠士にはこれがうるさくてたまらない、これさえなければ静かなのにと、せっかく頂戴したそれを捨ててしまう。そして前どおり掌で水を掬んで飲んでいる。便利さよりも心の静謐が大切なのである。風流もここまでくれば、見事の一語につきる。
 この風流はまことに其角好みの話である。またこの話、実は『蒙求』を愛読書としている夏目漱石好みでもある。それで漱石にも
「瓢かけて からからとなる 春の風」
の句がある。句あわせはならどっちが勝ちか。ズバリと許由の名を出しアッケラカンの其角にたいし、漱石はうまく許由を隠し味に使っている。で、漱石に軍配をあげる。」

---
佳い俳句からは絵や音も聞こえて来ます。
posted by Fukutake at 08:37| 日記