2021年01月27日

群ようこ

「鞄に本だけつめこんで」 群ようこ 新潮文庫 

文章の面白さ
 p13「(私の父親は)突発的に何をしでかすかわからない、歩く人間爆弾であった。恐怖の引越し魔で
「一週間後に引越し!」
と晩ごはんを食べている時に皆に言いわたす。私と弟は、
「ひえーっ」
と、おったまげるのだが、母親ハルエはもう何をきいても全く動ぜず、しらんぷりをしてタクアンをポリポリかじったりしていた。私と弟はあわてて身の回りのものを段ボール箱につめて、あれよあれよという間に遊牧民族の如く去っていくのである。」

p14「タケシ(父親)の料理は、
「別々に喰えるものが一緒に喰えないわけはない」
というポリシーに貫かれていた。ある夏の日にタケシは“スイカミルクかけごはん”を作り、私たちに食べろとせまった。おまけに上にはサトウが山のようにかけてあった。むりやりそれを食べさせられた私たち及び料理人タケシはその夜からまる二日、枕を並べて腹下しで討死したのであった。」

 p16「…今度は別の手を使いはじめた。テレビの競馬中継である。
「単勝というのは一着の馬だけを選ぶの、連勝複式というのは、一着と二着の馬をあてるの、わかったか。この枠の番号であてるんだぞ」
と言い、即席馬券を作り、私と弟にくれるのである。これはコイコイよりも、もっと興奮した。ゲートが開いて馬が一斉にスタートすると、テレビの前で親三人手作りの馬券を握りして、画面にむかってにじり寄っていくのである。タケシは中央競馬会であるからほとんど損することがなく、このへんもひどくキタナイのである。」

p17「夫婦仲は悪いわ、金はないわ、こんな家へ帰りたくなるほうがおかしい。私は授業が終わっても下校時間ギリギリまで図書館で本を読み、帰りがけに近所の小さな本屋で文庫本を買って親と顔をあわさないようにして自分の部屋で読みふけった。自分より不幸な境遇の人が登場するとかわいそうに思いながらも、
「私はこれほど不幸ではない」と秘かに安心した。」

p18「どこの親も、娘がこのくらいの年齢になると家事をしこうもうとするようで、うちも家政科を首席で卒業した我が母がそれにトライしたが、四角い部屋を不等辺三角形に掃き、魚を四枚におろしたりする前代未聞の必殺技をもつ私にホトホトあいそをつかし、そのまま無視されてしまった。」

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タメ口で何でもない日常をタメ口で茶化すワザがすごい!
posted by Fukutake at 16:32| 日記

2021年01月25日

植民地支配の実態

「オーウェル評論集」 小野寺健 編訳 岩波文庫 1982年

象を撃つ p41〜
 「…東洋における白人支配のむなしさ、ばかばかしさにはじめてはっと気がついたのはこの瞬間−−こうしてライフルを手に立っていた時だった。わたしという白人は銃を手に、何の武器も持っていない原住民の群衆の前に立っていた。一見したところはいかいも劇の主役のようである。だが、現実には、後についてきた黄色い顔の意のままに動かされている愚かなあやつり人形にすぎないのだった。この瞬間に、わたしは悟ったのだ。暴君と化したとき、白人は自分自身の自由を失うのだということを。うつろな、ただポーズをとるだけの人形に、類型的なただの旦那(サヒブ)になってしまうのだということを。支配するためには一生を「原住民」を感心させることに捧げなくてはならず、したがっていざという時には、つねに「原住民」の期待にこたえなくてはならないのだ。仮面をかぶっているうちに、顔のほうがその仮面に合ってくるのだ。わたしはその象を撃たないわけにはいかなかった。すでにライフルを取りにやったとき、そうせざるを得ない立場に追いこまれていたのである。旦那は旦那らしく動かねばならぬ。毅然としたところを見せて、迷うことなくきっぱりやってのけなくてはならない。…
 だが、わたしは撃つ気になれず、ただ象が一種独特のあの老婆のような感じで、草の束を余念なく膝に叩きつけている姿をじっとみつめていた。こんな象を撃つのは虐殺のような気がした。… しかしやることは一つしかない。わたしは薬包を弾倉につめると、道路に伏せて十分狙いをつけた。群衆は静まりかえった。ついに引金を引いてはみたものの、銃声も聞こえなければ反動も感じなかった。命中したときはそういうものなのだ。だが、背後の群衆からはどっとものすごい歓声が上がった。…
 その後では、むろん、この射殺をめぐる果てしない議論が持ち上がった。象の持ち主は激怒したが、これは一介のインド人にすぎなかったからどうすることもできなかった。それに、法的には、わたしのしたことは正しかったのである。狂った象は、狂犬と同じように、持主の手にあまるときは、殺すことになっているからだ。ヨーロッパ人のあいだでも意見はわかれた。年輩の人びとはわたしが正しいと言ってくれたが、若い人びとは、苦力(クーリー)一人を殺しただけで象を殺すなどはとんでもない。コリンガ人(マドラス地方の出身者)の無能な苦力などより象のほうがはるかに値打ちがある、と言うのだった。こうして後になってみれば、苦力が殺されたおかげでまだしも救われた気がしたのだ。そのためにわたしは法的に正しかったことになり、象を射殺した言訳も充分に立ったからである。わたしがそんなまねをしたのは、ただただ馬鹿になりたくなかったからなのだということを見抜いた人がいるだろうか。わたしは何度も考えたのだった。」
(Shooting an Elephant (1936))

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posted by Fukutake at 08:23| 日記

2021年01月24日

殺身以成仁

「伝習録 −「陽明学」の真髄−」 吉田公平 タチバナ教養文庫 平成七年

p175〜
 「おたずねします。「『論語』の『志士・仁人は、……時には生命をすてて仁を成就する』(衛霊公篇)の一章についてお教え下さい」と。
 先生(王陽明)がいわれた、「世間の人は、誰もが、自分の生命をあまりにも重視するものだから、死ぬべきか死ぬべきでないかなどは問題にせずに、なんとしても、あれこれと要領よく策を弄して命びろいをしようとするばかりだ。このざまだから、天理などはうちすててしまい、どんなに不合理なことでも平気になってしまい、したい放題だ。もし、天理にそむいたならば、禽獣と何の違いもあるまい。この世に百年先年、生命をながらえたところで、禽獣として千年百年生きながらえただけのことではないか。学ぶ者は、この点について明白に理解しなければならない。暴君を諌めて殺された比干*(ひかん)や龍逢*(りゅうほう)は、はっきりと理解していたからこそ、だからこそ、ちゃんと彼らの仁を成就できたのである」と」

(参考:衛霊公 第15)
 「子曰。志士仁人。無求生以害仁。有殺身以成仁。
 訓:子曰く、志士、仁人は、生を求めて以って仁を害するなく、身を殺して以って仁を成すあり。

(訳:子曰く、道を求めんとする学徒たる志士、道に到達することのできた仁人は、生命が惜しいからと言って道に背くことをしない。むしろ生命を犠牲にしても道を完くすることがある。)」
(宮崎市定著 「現代語訳 論語」 より)

比干*:殷の紂王を諌めたが聞き入れられず、殺された。
龍逢*:夏の桀を諌めたが殺された。

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三島由紀夫の行動原理。
posted by Fukutake at 08:45| 日記