2018年12月10日

戦争行為としての経済封鎖

「東京裁判 日本の弁明」
 却下未提出弁護側資料 抜粋  小堀圭一郎 編 
 講談社学術文庫 1995年
(その3−1)

ローガン弁護人 (最終弁論・自衛戦争論)
p467〜

 「…
七、戦争の道具は多種多様であります。人間が進化すれば科学が進歩し、各国は自国維持の必要上相互に依存し合う程度が像出してくるのでありまして、さうなりますと戦争の仕方も、火薬を爆発せしめそれによって敵を殺す方法ではなく、それと異なり、しかも相手国の抵抗力を減じ自国の意志に服従せしめんとする、同様に恐るべき性質の手段を取るやうになります。今日我々は第三次世界大戦という病気を未然に防止する為には、経済療法が必要であるといふ叫びを世界の至るところで於いて聞くのであります。一国からその国民の生存に必要な物資を剥奪することは、確かに、爆薬や武力を用ひ強硬手段に訴へて人命を奪ふところ変わるところの無い戦争方法であります。と申しますのは、それは緩慢な行動を以って相手国の抵抗力を減じ結局は在来の敵対行為として用ひられた方法と同様確実に之を敗北せしめることになるからであります。そしてこの方法は、緩慢なる餓死といふ手段で徐ろに全国民の士気と福祉を減耗する事を目的とするものでありますから、物理的な力によって人命を爆破し去る方法よりも、一層激烈な性質の物であるといふ事さえ出来るのであります。

八、検事側は連合国は日本に対して専ら軍用品供給の削減を目的とする経済封鎖を行ったと申し立てておりますが、証拠はこの経済封鎖が、日本民間の総ゆる種類の物品や貿易、更に追って明らかにいたします如く、食物にまで影響をした事実を物語って居ります。

九、之は一国家を圧倒的優勢の船舶を以って包囲しその貿易の自由を奪ふ従来の封鎖の方法以上のものでありました。即ちそれは経済的に有力、且つ非常に優越せる諸強国が、その存立並びに経済を世界貿易に依存する一箇の島国に対して採った行動であったのでありました。」

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経済封鎖は戦争行為
posted by Fukutake at 09:12| 日記

2018年12月05日

日本を戦争に引きずり込んだ悪辣な米国

「東京裁判 日本の弁明」
 却下未提出弁護側資料 抜粋  小堀圭一郎 編 
 講談社学術文庫 1995年
(その2−2)

自衛権の発動
p119〜

 「裁判所の許可を得て申上げたいことがあります。元来我国は国内生産のみにては全国民を養ふことは全く不可能であります。従って貿易に依って国民生活必需品を輸入するの外は内地在住者の生命を維持するの手段はないのであります。米、英、蘭の資産凍結に依って我が貿易の半ば以上は失われ、過去八十年間の営々たる労苦は一空に帰してしまいました。之が、正当に又は違法に米、英、蘭に依って実行せられました資産凍結の結果であります。日本国民の不可侵の生存権はここに奪われたのであります。丁度其時米国は七月二十四日の野村大使に対する通告通りに、八月一日石油輸出禁止を発令いたしました。日本の海軍は現在貯蔵の油を消費した後は移動性を喪失いたします。支那事変は事実上解決不能となります。我国防は去勢せられたこととなります。ここに自衛権の問題は冷かな現実問題として全国民の眼前に姿を現して来たのであります。而もそれは即座の解決を要することであります。
 一言にして言へば、自衛権成立の基礎的事実は十分に完備したのであります。然し乍ら日本は此の時に於ても直ちに此の自衛権を行使しませんでした。夫れとは反対に、忍ぶべからざるを忍んで何とか戦争の原因と為り得るものを取除かうと努力したのであります。此の間の努力は有力にして且信憑力強き証拠を以って証明せられます。
 日本の平和への願望、日本の真摯なる努力は遂に実を結びませぬ。一九四一年十一月二十六日の米国の通告は、以上の自衛権構成事実の只の一つも之を除くことの不可能であること明白疑なきものと致しました。ここに於いて日本の政府は部内の各機関の意見及観察を徴し、最大の注意を払ひ遂に自衛権の行使
を為すの外なきに立到ったのであります。それは十二月一日でありました。但開戦の現実の期日を決定した後でも軍令には最後の瞬間迄此の急迫事情の一つにても取除かれ米国との関係妥結が成立すれば、総て従前の指令を撤回するの条件が附してありました。此場合には聯合艦隊は近海に帰り戻ってくるのであります。」

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日本は最後の瞬間まで、交渉妥結を夢見た。
posted by Fukutake at 13:04| 日記

2018年12月03日

マッカーサー証言

極東軍事裁判の補足資料

「米国上院軍事外交合同委員会」に於るマッカーサー証言(昭和二六年(1951年)五月五日)邦訳

一部抜粋

 「問い(Senator Hickenlooper)
赤化支那に対し海と空から封鎖してしまえという貴官の提案は、アメリカが太平洋において日本に対する勝利を収めた際のそれと同じ戦略なのではありませんか。

 答え(General MacArthur)
 その通りです。太平洋において我々は彼らを迂回しました。我々は包囲したのです。日本は八千万に近い厖大な人口を抱え、それが四つの島の中にひしめいているのだということを理解していただかなくてはなりません。その半分近くが農業人口で、あとの半分が工業生産に従事していました。
 潜在的に、日本の擁する労働力は量的にも質的にも、私がこれまで接したいづれにも劣らぬ優秀なものです。歴史上のどの時点においてか、日本の労働力は、人間が怠けている時よりも、働き、生産している時の方が幸福なのだということ、つまり労働の尊厳と呼んでもよいようなものを発見しているのです。
 これほど巨大な労働能力を持っているということは、彼らには何か働くための材料が必要だということを意味します。彼らは工場を建設し、労働力を有していました。しかし彼らは手を加えるべき原料を得ることができませんでした。
 日本は絹産業以外には、固有の産物はほとんど何も無いのです。彼らは綿が無い、羊毛が無い、石油の産出が無い、錫が無い、ゴムが無い。その他実に多くの原料が欠如している。そしてそれら一切のものがアジアの海域には、存在していたのです。
 もしこれらの原料の供給が断ち切られたら。一千万人から一千二百万の失業が発生するであろうことを彼らは恐れていました。したがって彼らが戦争に飛び込んていった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです。」
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posted by Fukutake at 11:45| 日記