2019年02月20日

中国人の愛国心?

「アヘン戦争と香港」 矢野 仁一 著 中公文庫(中央公論社)1990年
(その3)

アヘン戦争中に現れたる支那人民の非愛国心

p297〜

 「アヘン戦争において支那の現に敵として戦いつつあるイギリス軍に情報・糧食・労力を提供する支那人は多く、イギリスをしてすこぶる奇異の感を抱かしめた。支那人は金銭のためにはいかなる敵の御用をも勤めて憚らなかった。奕山が広東において木筏船・油薪船・水師船を集め夜に乗じイギリス船の火攻を計画した時、それらの船はイギリス兵及び漢奸に焼尽されたということである。また奕山はしばしば広東の人民は皆漢奸であると奏し、わざわざ水勇を福建に募ったということは「中西紀事」に見えている。かれは千余人の漢奸を収回したこともその上奏に見えている。漢奸は敵に款を通ずる売国支那人である。「チャイニーズ・リポジトリー」誌一八四一年十月号訳載の広東巡撫の論示はいかにイギリス人の富に垂涎し、甘んじてその使役に服し、支那人との戦にイギリス人を助けた支那人が多かったかを暴露している。イームスは支那人の愛国心を疑い、西暦一九〇〇年六月に義和団事件に応じて天津のイギリス租界を攻囲し、外国人を殲滅せんと熱狂せる支那人が八月には北京救援の連合軍のために種々の手助けをなし、北京の外国公使館を包囲攻撃せる支那兵は攻撃のひまひまに瓜・鶏卵等を売りに来たような状態は、すでに早くこの時にも現れていると述べている。支那人は往々愛国的な宣伝に煽誘されて(蕭に口偏)聚響応し、狂熱的な排外運動を起こし、一見強烈な愛国的運動であるごとき観を呈することもあるが、一たび外国人から強力な抵抗を受くれば、そうでなくとも少しく時日を経過すれば去勢されたごとく変退沈衰し、なんのためにあんな狂熱的な運動をなしたかみずから忘れたようになり、外国人の御用をつとめて怪しまないことはすでにアヘン戦争から現れていた。支那人は攻撃戦争とか排外風潮の場合には、勢いに乗じてずいぶん愛国的運動らしいことをなすが、防御戦争とか排外風潮の止んだ時とかに現れる愛国心でなければ、真の愛国心とはいい難い。
 アヘン戦争に関する支那官憲の奏報はいかなる場合でも自己の立場を擁護することを忘れず、朝廷をして対策を誤らしめざるように、自分の立場などを顧みず事実を直陳することを以って念としないようなことも、支那人に真の愛国心なき証拠ではないか(王ヘンに「奇」善・奕山らの広東・虎門内外における戦況の上奏などはその最もよい例であって、おおむね勝敗を顚倒した虚偽の報告である。」


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支那人の本質
posted by Fukutake at 07:26| 日記

2019年02月18日

イギリスの清帝国侵略

「アヘン戦争と香港」 矢野 仁一 著 中公文庫(中央公論社)1990年
(その2)

イギリスの不正義

p275〜

 「…ポッティンジャーは支那人に和約遵守の考えなきことを疑い、広東官憲に対し、少しでもこの和約に違反したならば、直ちに広東において攻撃を開始すべしと警告して北上し、福建・浙江・江蘇等の諸港を侵犯したのは正当な行為であろうか。
 支那は前述のごとく、広東以外の沿岸各省の防兵を裁撤し、広東の防備を修めたのであるが、イギリスは自由に広東以外の各省沿岸を攻撃することに得て、支那は広東において一切軍事行動を取ることを得ないとすれば、支那としてはずいぶん迷惑な話である。
イギリスが福建や浙江の沿岸を攻撃する場合に、支那は広東において傍観しなければならないことになる。これではイギリスの支那の一主権国たることを認めざるものである。もし支那が不可分の一主権国ならば、イギリスがかかる行為に出ずる以上、広東和約にかかわらず、広東において軍事的行動に出でても少しも不都合がないはずである。勿論支那はイギリスが浙江・福建などを侵犯しなかったとしても、広東において砲台の修築をなしたことは明らかで、七月二十八日(支那暦六月十一日)の上諭に、省河(広東河)及び大黄こうの砲台は、奕山らの上奏にぜひ修築拠守しなければならないと述べてあるから、早速工事に取りかかり、百二十余門の大砲を適当に分配安置すべしといってある。
これはイギリス軍の厦門を攻略した八月二十六日(支那暦七月十日)の一月ほども前である。しかしイギリスの浙江・福建侵犯は、支那がこの広東和約を守らなかったからではない。かえって支那をしてこれらを守らしめて、後顧の憂いがないようにしておいて侵犯せんとしたのである。支那が広東和約を守らないのは悪いといわば、イギリスが勝手に支那を二つに分かち、一に対して戦争行為を封じて、一に対して攻撃をなせることも悪いといわなければならない。

イギリスは支那が少しでも広東和約に違反すればまた攻撃を始めると威嚇して、これを抑圧し、支那が広東和約によって両国の平和が恢復したように考えて、福建・浙江の防兵を徹した虚に乗じて、これを侵犯した。勿論防兵を徹しなかったとて、到底支那に勝目がなかったのは明らかであるが、イギリスに欺かれて撤兵したために敗れたとの感を支那に抱かしめたことは免れなかった。」

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大砲を用いた露骨な侵略
posted by Fukutake at 09:31| 日記

2019年02月14日

イギリスの奸計

「アヘン戦争と香港」 矢野 仁一 著 中公文庫(中央公論社)1990年
(その1)

「序」より

 「アヘン戦争当時のアメリカの国務卿ジョージ・クインシー・アダムズは、マッサチューセッツ州史学会において、この戦争をアヘン戦争ということは当たらない、アヘンはイギリス支那間の紛争の真原因ではない、単に附属の事実に過ぎない、ボストンにおいてイギリス船の搭載した茶を海中に投棄したことがアメリカ独立戦争の真原因出ないと同様だ、真の原因は稟(ピン)の問題だ、支那をして万国に君臨するという優越感を抛棄せしめるための問題だ、即ち国際平等の交通権の主張である、と演説したことは有名な話である。これはイギリスが自国において販売を厳禁するほどの道徳上衛生上の毒物を支那にその国法を無視して売りつけ支那人民の道徳衛生を敗壊して顧みないことを、アジヤ民族に関するものとして敢えて罪悪と考えない白色民族共通の心理を暴露するものである。私はこのアダムスの演説がイギリス人、アメリカ人らのアヘン戦争に関する論著に広く引証されて、イギリスをしてアヘン戦争に対する責任を自覚すること能わざらしめ、またこれを回避せしむるための有力な弁護論・支持説となっているにもかかわらず、未だ支那においてもわが国においてもかつて反駁せられず、世界大戦の責任を論ずる人はあっても、アヘン戦争の責任を論ずるものなく、イギリス人をしてその支那に対してなしたる大罪悪の責任を深感して大いに反省斂翼(れんよく)せしむること能わざることを深く悲しむものである。」
(中略)
 「私はアヘンの支那に流した害毒の実に深刻なることを思い、イギリスの支那の人心風俗を破り、道徳衛生を敗壊し、支那の国法を無力ならしめて顧みざる厚顔破廉恥の態度行為に対して憤慨を禁ぜざるものであるが、私はその支那に流した最も深大な害毒、イギリスの支那に対してなした最も重大な罪悪は、今日において支那人がこの害悪の実に深大にしてかつこれを浄尽断絶せんとして奮闘した真剣な努力を水泡に帰せしめたイギリスの罪悪の憎むべきことを知らざるもののごとく、イギリスがアヘン戦争中においてまたアヘン戦争の結果として占領獲得した香港において、また結果発生発達した上海の租界において、みずからイギリス人の保護に依頼し、アヘン戦争及びアヘン戦争に譲らざる不正なイギリスのアロー号戦争の結果、支那の陥るようになったイギリスの半植民地状態から支那を救出せんとして努力しつつあるわが国に敵抗することを愛国的行為であるごとく考えて執迷悟らざること、イギリスが香港、上海租界等において正義の名によってこれら支那人を擁護し、その反日的行為を以って愛国的行為としてこれを煽揚鼓励するがごとき態度に出ていることである。

 私はイギリスが支那に対して行える最大の罪悪はその罪悪によって不正に獲得した香港、上海租界地等において反日支那人を保護することを以って正義人道の擁護者たるごとき外観を装うことであると考える。」

昭和十四年七月
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胸のすく論評なり
 
posted by Fukutake at 11:21| 日記