「サイバー経済学」 小島寛之 集英社新書 2001年
新しいケインズ派不況理論ー小野理論 p218〜
「ケインズ理論を凌駕し、経済社会のメカニズムに肉迫するみごとな理論が現れたか、というと、そうはいえないのは現状なのである。
そんな中でも、その可能性があるのは、日本の経済学者・小野善康の発表した理論である。 小野はケインズ理論の骨子を綿密に検討し、その飛躍や不備の多くを改修して、新たな装いで復興させた。
ここではほんのつまみ食い程度に、小野理論を紹介する。
まず、人々の所得の使い道が三通りあることを確認することから始めよう。
人々は得た収入で、消費するか、貯蓄をするか、貨幣を所持するか、の三つの選択がある。 そして人々は、結局この三種類の用途に応じて最適な比率で配分することになる。
このとき、その配分は、消費と貨幣と貯蓄との間で、どれを減らしてどれにまわしても、満足度を増やすことができないような、そういうつりあいになっているはずである。 それが最適配分ということを意味するのである。
一方企業は、生産した財がいくらで売れるかというその市場価格と、生産のために雇う労働者に支払う賃金とを比較検討して、その生産量を決める。 すなわち、その差額である利潤が最大になるように、生産量を決定するわけである。 その生産量が、雇用される労働者数を決め、人々の所得を決める。 失業が出るか否かは、この水準に左右される。
そして今労働の完全雇用が実現され、生産される財と消費される財が一致するのが新古典派の均衡であり、また小野モデルの均衡の正常な均衡とも同じなのである。ところが、小野モデルの真骨頂は、このような新古典派の均衡状態から、ケインズ的な不況メカニズムを手品のように取りだしてみせるところにある。 小野はまったく同じ仕組みのもとで、デフレ均衡を描写したのである。
小野のいうデフレ均衡とは、完全雇用が達成されず、失業者が存在するままで、経済が定常状態にはまりこむことである。 失業が存在するにもかかわらず、生産も消費もその不完全な水準に張りついて動かなくなるのである。 これはいったいどんなからくりで生じるというのであろうか。小野は次のような仮定をした。 貨幣量がある大きさに達すると、貨幣保有の追加的効用が低下しなくなる、という仮定である。すなわち一般財の場合は、追加的な効用は徐々に小さくなるが、貨幣についてはそうではない、たとえば一万円所有することで得られる喜びは、追加的な一万円を得ても喜びは減少しなくなると仮定したのである。 この仮定がデフレ均衡を生みだす源泉となる。
言い換えると、貨幣保有に対する追加的効用がこれ以上減らない状態になっていると、増えた資産をすべて貨幣保有にまわしてしまうので、消費は増えない。 消費が一定値に低止まりしたままなので、これが定常状態となる。
結局、人々の貨幣保有に対する貪欲さ、いくら貨幣を持っても飽きぬ欲望によって、消費・貯蓄への配分は、今と同じに固定されてしまう。 このように、物価を調整弁として完全雇用に向かおうとする圧力は、すべて人々の貨幣への欲望に吸収されてしまう。 人々は将来への不安から、そのまま貨幣のままで所持しようとして、消費を増やさない。これが不況の長期化の仕組みを説明する小野理論である。」
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2023年06月03日
お金の限界効用は逓増
posted by Fukutake at 07:42| 日記