2023年01月25日

中国の闇商人

「宮崎市定全集 17」 中国文明 岩波書店 1993年

秘密結社の裏面的支配 p334〜

 「中国の社会には裏と表とあって裏の世界は秘密結社が支配しているとはしばしばいわれていることである。この秘密結社は大てい一種の信仰を中心として団結しているようであるが、しかし実際はもっと現実的な利益によって結合されているのである。それは何かといえば闇商売である。中国では主として国防費を捻出するために千年以上も前から厳重な塩の専売を行って来た。統制に闇はつきものであるが、生活の必需品たる塩を、原価の何十倍にもして人民に売らせようという無法な統制に対して闇商人が活躍しないはずはない。それが長い歴史によってはぐくまれ、闇商売四十八手の裏表を研究しつくしているのだから始末が悪い。闇は要するに物資の移動が眼目であるから、闇屋には船乗り、もしくは仲仕など交通労務者が多い。仲間の秘密を守り、利益を山分けす時に喧嘩をしないためには規約が必要である。この規約を神聖ならしめるためにはまた神様が必要になるわけで、秘密結社の信仰はむしろ団結のあとから付加されたものに過ぎまい。塩の闇は全国的であるから、秘密結社も従って全国的に散布する。そしてたがいに連絡をとっているが、ただし塩の生産地とその販売区域とが地形的に自然に定まり、政府がちゃんと官売塩の運搬配給ルートと定めているのに対し、秘密結社の連携も、この官定ルートに並行して存在していたようである。

 そこから面白い現象が生ずるのであるが、同時的に起った太平天国と捻匪とは、だいたい淮水の線を境として、南と北とで活躍し、容易に両者が合体しなかった。これは捻匪が淮北海岸の塩の消費地を勢力範囲とし、太平天国は淮南海岸の塩と、外に阿片の消費地を勢力範囲として、たがいに縄張りを守って相犯さなかったからだと説明すればよくわかる。これによって見ても、これらの叛乱は、塩の闇を中心とする秘密結社の既存勢力を地盤として拡がったことが知られるであろう。

 無数に勃発する叛乱について、その最初の動機を調べればいろいろなものがあったであろう。中には困窮農民の切実な生存権主張の声から起ったものもあったに違いない。しかしそんな性質の叛乱には決して天下は饗応しない。もし途中から性質が変わって、天下を取るための謀叛になれば大きく発展する。こんな企ては実際のところ、千に一つも成功覚束ないのだが、ひょっとして巧くいけば明の太祖のようになれるから、何べん失敗してもやめられない。しかしこうなるとそん叛乱の中にたとえ農民出身者がまじっていても、もはや彼らは農民としての資格ではない。かえって一種のボス的存在になり下がってしまう。騒動に捲きこまれた地方の正直な農民は大ていの場合は被害者にされる。いくらでも食糧を貯えているのは農民であり、それが格個の掠奪対象物となるからである。」

(『京大学園新聞』一九四七年十月十三日)

-----
posted by Fukutake at 08:18| 日記