2023年01月23日

話は残酷のほうがおもしろい

「本は鞄をとびだして」 群ようこ 新潮文庫 平成七年

「グリム童話」噂が一番面白い p180〜

 「醜よりは美、貧よりは富、そして地位や名誉が、昔から延々と語りつがれてきた話のだいたいの基本である。 岩波文庫版の金田鬼一氏の序を読むと、おはなし、童話を指す「メールヒェン」ということばは、語源的に検討すると、「かがやく」「知れわたりたる」という意味の形容詞から、著者ーうわさーうわさの知らせー口誦(こうしょう)、口演、ものがたりとなるそうである。 評判になってしれわたったものは、人々の間にうわさの種をまいて、語りつたえられているうちに、なんらかの点で具合の悪いところは自然に淘汰されて、「おはなし」になったという。 そしてドイツの人々はひまつぶしにこのようなお話を楽しんだ。 つまり口から口へとつたえられた、民間の話が根っこにあったわけである。 私は遅ればせながらこの本の序を読んで、目からウロコが落ちた思いがした。

 アメリカの民俗学者ジャン・ハロルド・ブルンヴァンの都市伝説、都市の噂を集めた、「消えるヒッチハイカー」「チョーキング・ドーベルマン」「メキシコから来たペット」に載っている不気味な話、笑っちゃいけないけど、薄笑いを浮かべたくなるような話。 時代は違えど、人の口から口へと渡ってきたお話は、明らかに類似している。 残酷で差別的で、薄気味悪い。 本来、人間が大好きな部分がたくさんの人の口を経て一つの型になっていく。 それが美しいお話が多いのではなく、金持ちが貧しい人を助けたり醜くても心の美しい娘が王妃になる話ではなく、美人は優しく醜い女は意地悪といった明快な図式。

 悪い奴には慈悲の心などみじんもみせずに、すぐさま命を奪って大喜びする単純さ。 このような話には悪い奴がいなきゃ、面白くないに決まってる。 そして何ともいえない不愉快な雰囲気をかもし出す話。 どれもこれも人間が好きなものばかりだ。
 私はブルンヴァンの本を読み、大喜びして友だちに話を聞かせた。 話をきいた友だちも、大喜びして別の人に話した。
「こんな話、あるのー」
 といいながら、いいことをきいたと、うれしくてたまらない。 きっと大昔のドイツの人々も、ひまつぶしに同じようにしていたのではないだろうか。 釘を打った樽づめにされた母と娘が、川に落ちて死んだ話をきいて、
「へー、気持ち悪い話だねえ」
といいながらも、胸をわくわくさせていたのかと思うと、また改めて噂の本として、グリム童話を全編読みたくなってきたのである。」

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正直者が幸せになるより、悪人を殺す話のほうが心に残る。

posted by Fukutake at 09:14| 日記