「ぼちぼち結論」 養老孟司 中公新書 2007年
幸せの社会システム p185〜
「実力より地位が高いことを、相撲の世界では「家賃が高い」というらしい。 社会的にいうなら、これがいちばん不幸のもとであろう。 幸福になるためには、分不相応の地位にいてはいけない。 ところが日本全体が豊かになったということは、人によって、自分はなにもしていないのに、地位が上がってしまったという可能性がある。 機嫌が悪くなって当然であろう。
ラオスに住んでいる知人がいう。 日本人の寄付で学校が建った。 そこに日本の子どもたちが、国際交流と称して来ることがある。 子どもは正直だから、現地の人をすでにバカにしている。 態度にそれが見える。 あれがない、これがない。 こんなところで、よく暮らしているな。 勉強するにしてもパソコンもないじゃないか。
そういう話を聞くだけで、こちらはいたたまれなくなる。 親は善意で子どもを大切にしている。 社会の物質的な水準が上がってしまえば、子どもの生活水準は高くなる。
その高くなった水準は、お前のせいじゃないよ。 それを子どもに教えるのは、至難のわざであろう。 いまの若者の好きなことわざは「棚から牡丹餅」だという。 なんともつじつまが合っている。
子どもたちをラオスやブータンに留学させたらいい。 私はそう思っている。 そう思うのは、私が育った時代の日本は、まさにラオスやブータンだったからである。 ラオスは私が育った頃の日本によく似ている。 そう私が言ったら、ラオスの当時の副首相から訊かれたことがある。 ラオスの農民は本当によく働く。 しかし国は貧乏である。 なぜ同じように貧乏だった日本人が経済的に成功したのか。
社会システムの問題に私が関心を持つようになったのは、それ以来である。
ラオスは四十七の言語があるといわれるほど、少数民族が多い。 こういう国で社会システムの構築は困難なはずである。 日本は島国で、江戸時代には全国がほぼ統一され、中央集権化していた。 ラオスはまだそれもできていない。
統一された社会を、日本人は社会を世間と呼んだ。 日本各地で言葉や習慣は違っても、世間の常識があった。 世間というシステムがあるために、その後もうまくいった。
ただ、その日本型システムが、意識的によく理解されないうちに、壊れようとしている。 自然環境と同じである。 それが人々の不機嫌に表れている。 そう私は見ている。 日本自体はよくできた社会だったと私は思う。 問題があるとすれば、よくできていない社会とも、付き合わなければならなくなったことである。」
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