2023年01月15日

自分の人生に何ができるか

「ぼちぼち結論」 養老孟司 中公新書 2007年

書評『人生があなたを待っている』* H・クリングバーグ・ジュニア著 p117〜

 「『夜と霧』『死と愛』などの著者、ウィーン出身の精神科医、ロゴセラピーの創始者、ナチ強制収容所の生き残り、ヴィクトール・フランクルは、いわば世界の著名人である。フランクルが九十二歳で亡くなったのは、一九九七年九月二日。 本書はそのフランクルの伝記である。

 フランクル自身の著作に親しんだ私にとって、彼が入れられた収容所がアウシュビッツだけではなかったということに、あらためて気づかされた。
 この伝記、またフランクル自身の著作を、もし読んだことがないのであれば、いまの日本人にぜひ読んで欲しい。 私は強くそう思う。 いわずもがなのことだが、フランクルは「他人が人生の意義を見出すことの手伝いをする」ことを天職として生きた人である。 小・中学生のような気分でいうなら、私の尊敬する人物といっていい。 日本がさまざまな意味でアメリカ化している現在、アメリカに多くの崇拝者を持つフランクルの言葉をしみじみ聞いて欲しいと思う。 アメリカの講演でフランクルはいう。 「ヨーロッパでは、成人したアメリカ人というのは、お金を稼ぐことばかりに熱心だとみなされがちです。 しかし大学生を対象とした他の調査では、人生の主要な目標はお金をたくさん稼ぐことだと答えた学生は、十六%にすぎませんでした。 なにがいちばん重要な目標だったか、皆さん、おわかりになりますか? このアメリカの若者の七十八%が、人生における意味と目的を探すことに関心を寄せていたのです」。

 とはいえ、フランクルもいくつかの批判にさらされている。 ウィーン出身の国連事務総長ワルトハイムに、ナチの将校という過去を隠したという批判が起きたとき、フランクルは頑として友人を守り、自身も非難された。 そういうことは、フランクル自身の著作を読めば、当然わかることである。 彼は集団的な罪を認めない。 そに背後には、敬虔なユダヤ教徒としての強い信仰があった。 著者は書く。 「フランクルが他者の政治的な批判に従い、誰とつき合うべきかという意見を聞き入れると思う人があったら、その人は彼をよく知らないのだ。 フランクルはいかなる圧力にも屈しない。 彼は悪意と復讐に対しては情け容赦がない。 彼は憎悪を抱かないという自分の決意を堅く守り、皮肉な話だが、まさにその理由のために多くの人びとの憎しみを買うことになった」。

 強制収容所から生還したことについて、フランクルはいう。 「生きて戻った私たちは、無数の幸運な偶然または神の奇跡 ー どのような表現するかは人それぞれだが ー によって助かった。 私たちはそれをよく知っているから、静かにこう言うのだ。 もっともすぐれた人たちは、戻ってこなかった、と。」

 過去の戦争を体験し、これをいうことのできる人たちは、もはやほとんど生き残っていないであろう。 八月十五日には、靖国問題で大騒ぎする代わりに、フランクルでも読んだらどうか。 フランクルはすぐれた人物だが、別に聖人君子ではない。 ただの人がここまで行き着くことができるということ、それが私を感動させる。」

『人生があなたを待っている』* (赤坂桃子訳、みすず書房)

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posted by Fukutake at 12:05| 日記