「銭湯の笊」 井伏鱒二 (「井伏鱒二全集 第十巻」)筑摩書房 1997年
p533〜
「この間の新聞にシラミの被害に関する記事が載ってゐた。 シラミはくはれて発疹チブスに罹つたら日本人はその死亡率が三人に二人の割合といふのである。 そこで私はシラミも案外あなどられないと驚いて、それ以来は銭湯へ行つても脱衣場の笊を警戒するやうになつた。 このごろシラミがうつるのは「銭湯の笊から」というふのが定評になつているからである。 それにしてもなぜシラミは或る一人のシヤツから他の人のシヤツに移らうとするのだろう。 同じ一人の人に丹念にたかつてゐてもいいだらうと思はれるのに、一見あの怠け者のやうな生態を見せてゐるにもかかはらず、いつの間にかすばやいところ宿がへをする。
或る日のこと銭湯で、番台のおかみさんにきこえよがしにいつてゐる人があつた。 脱衣場の笊を電灯の光りに近づけて、大きな声でいふのである。
「ほうら、ここにも、ここにもゐる。 ほら、こんなでつかいやつ。 こいつなんか、発疹チブスの元凶だ。」
しかし日本人の体質はなぜ発疹チブスに対して抵抗力が弱いのだらう。 あるひは日本のシラミは活気が強いのでチブス菌をどつさり注入するやうに人間の皮膚を深くかじるのかもわからない。 かつて私がマライ作戦に従軍した時の経験では、マライのシラミは日本のシラミほど痒く噛まないやうであった。 ノミや南京虫もマライで見たものは態度が悠暢で、それにくはれてもあまり痒いとは思はなかつた。 ノミでも日本のノミは高く跳ぶが、マライのノミはそんなに高く遠くは跳ばないやうであつた。 気魄がないのだらう。 日本のノミが若しも人間の大きさなら、その比率で計算すれば東京から横浜までの距離を一気に跳躍するさうである。 マライのシラミに至つてはセンブリの汁で煮た千人針の腹巻に全く寄りつかなかつた。 やはり気魄がないのだらう。 いづれ私はシヤツをセンブリの汁で煮ようかとも考経てゐルガ、それよりも銭湯の笊を、何とかして消毒する方法はないものだらうかと考へてゐる。」
(一九四四年(昭和十九年)六月二十五日発行 毎日新聞)
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