2022年12月29日

女に泣かされる人生

「ツチヤの口車」 土屋賢二 文藝春秋 2005年

ホメられ方の諸問題 p170〜

 「人にホメられて喜ぶ人がいるが、わたしはホメられるのに慣れているためか、あまりうれしくはない。 「ベッカムのルックスとはレベルが違う」「お前のピアノは並の腕前ではない」と言われてもうれしいとは思わない。
 とくにうれしくないのは、妻にホメられるときだ。 「注意されなくても毎晩歯を磨くようになった」「最近、口答えしなくなった」「聞き分けがいい」などとホメられても全然うれしい気がしない。

 一般に、ホメことばには問題が多い。 誰でも子どものころはホメられるものだが、これも当てにならない。 わたしも子どものころ、「根性がない」「落ち着きがない」「貧弱だ」など、ホメことばとも言えない表現でホメられたが、「人はホメられると伸びる」ということば通り、すっかりそういう人間になってしまった。 「この子は女を泣かせる男になる」とホメられたこともあるが、大人になって「女に泣かされる男」になったことが判明した。

 ホメられた本人がうれしがる場合でも問題は多い。 たとえば次のような場合が考えられる。
「わたし先日、<スタイルがいい>と言われたのがとてもうれしかったです。 この一年間、死ぬ思いでダイエットしたんです。 やった、と思いました。 このままダイエットを続けて体重を八〇キロまで落としたら何と言われるか楽しみです」

 「わたしは説明が上手だと言われるのが一番うれしいです。 わたしは説明を分かりやすくすることをいつも心がけています。 なぜ説明にこだわるのか、うまく説明できませんが、一人でいるときも分かりやすい説明を心がけています。 そのため、分かりづらいと言われると頭にきます。 分かりづらいという相手には<なぜ分からないのか>とトコトン問いただします。 相手が分かったと言うまで何時間でも問い詰めるのです。 根気がいりますが、次から次に楽に分かってもらえるようになります」

 「初めて知識をホメられたときが一番うれしかったです。 アメリカ大陸の発見者はリンカーンだと言ったら、お前は物知りだな>とホメられたときよりうれしいです。
「わたしがうれしいのは、<やさしい>と言われることです。 一度、わたしを乱暴だという男がいたとき、絞め殺してやろうかと思いましたが、やさしいから実行しませんでした」

 なお、わたしは適切なホメ方なら何でも受け入れる用意がある。」

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posted by Fukutake at 09:31| 日記