2022年12月28日

大学時代の漱石

「漱石全集 第二十二巻」初期の文章 岩波書店 

對月有感 p236〜

 「夢路おとなう風の音にも目に見えぬ秋は軒端ふかくなりぬと覺しく いとものさみし垣根の萩咲きみだれて待人かほなるにつけても柴の戸おとづるる友もがなと思へど 野分にいとどあれはてて月影ばかりやへむぐらにもさはらずさし入るぞいみじうわびしき夕なりける あはれ塵の世に生れてはかはり行くわが身の上をうれひうれひて老いぬべきかな かはらぬ月の色をめでたしと見て清き心の友となさんやうもなし 去れど世の中のものども誰かは清らかなる月の光りをみておのが心にはぢざるべき 心にはぢざるべき 心ざまいやしうして名聞をのみもとむるもののあるは秋の江に舟うかべてものの音かきならしざれ歌うたひあるはたかどのの簾たかくかかげ銀のともしびつらねて宴開きわれがちに月をめでしたりかほなるもいとあさまし 

われは月のおもはんほどもはづかしけれは舟を浮かべず宴もはらず のきばちかくゐより入るかたの空清ふすみわたるまでうちながめ つらつらおもへらく雲井にちかきかしこきわたりはものかはよもぎふの露けき草のいほりさへ月のてらさぬところぞなき 昔しより世の中のうつり行くさまをてらしてらして幾世へぬらん あはれむかし見し人も今はすすきが下の白き骨とこそなりけめ むかしゆかしき宮居も今は烟ひややかに草もたかくなりけん われもももとせの後は苔の下にうづもれて此月影を見んことかなはず わがすまふ草のいほりももとの野原となりて葉末の白露におなじ雲井の月影をやどすらん その時軒端ちかくゐよりて行末を思ひ昔を忍ぶことわれに似たる人もあるべし さてもおかしきは浮世なりけり

   蓬生の葉末に宿る月影は むかしゆかしきかたみなりけり

   情あらば月も雲井に老ぬべし かはり行く世をてらしつくして

文科二年 夏目金太郎」

(明治二十二年、漱石二十二歳、1889年)

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posted by Fukutake at 07:59| 日記