2022年12月23日

愛書家の世界

「チャリング・クロス街84番地(増補版)」 へレーン・ハンフ編著 江藤淳訳 中公文庫

 (アメリカ人の女性作家とイギリス、ロンドンの古書店員との二十年にわたる文通の記録) p125〜


 「”チャリング・クロス街八十四番池のお友だちのみなさん”へ
『愛書家のための名文選集』が包装紙の中から現れいでました。 総金箔押しの浮出し模様のある革表紙、小口は金縁、手っ取り早く言ってしまえば、ニューマンの初版本を含めて、私の持っているものの中でいちばん美しい本です。 まるで発行当時そのままのように新しくて、一見だれの手にも触れられたことがないみたいですが、じつはちゃんと読んだ人がいるのです。 というのは、この本の中でいちばん楽しい個所が何個所か、パラっと自然に開くのです。 まるで、前の所有者の霊が私の読んだことのない詩を教えてくれているようです。 トリストラム・シャンディ*が父親のすばらしい書庫を描写して、「大鼻につてかつて書かれたことのあるあらゆる書籍・論文の類が収められている」と言っているのと同じようなものです。(フランキー!『トリストラム・シャンディ』、私に見つけてきて!)。

 どうみてもあなたと私のクリスマス・プレゼントの釣合が取れていないように思えてなりません。 あなた方にさしあげたプレゼントは一週間もすれば食べ尽くしてしまって、新年までには、その跡形すら消えてしまうのです。 ところが私のほうは、死ぬ日まで手もとにおいておけて ー しかも、この本を愛してくれるだれかほかの人のためにあとに残すことを承知のうえで死んでいくのですから、私、しあわせです。 本の中じゅうあちこちに鉛筆で薄くしるしをつけて、だれか後世の愛書家のために、いちばんよくかけているくだりを教えてあげることにしましょう。

 みなさん、どうもありがとうございました。
 よいお年をお迎えください。

一九五二年十二月十二日
                                                                                    へレーン」

トリストラム・シャンディ*  イギリスの作家ローレンス・スターンの代表作。 筋らしいものもない風変わりな作品だが、発表当初から異常な成功を収めた。 第二の名作『センチメンタル・ジャーニー』も有名である。

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日本でいう「見努世友か」。 本のえにしで古人を友にする、愛書家の至福。

posted by Fukutake at 08:32| 日記