2022年12月23日

改めて不況とは何か?

「産業社会の病理」 村上泰亮 著 中央公論 昭和50年

 ケインズ革命 p68〜

 「ケインズ理論の要点の一つは、市場メカニズムが閉じたシステムではないという発見にある。 市場メカニズムの機能特性は、財の相対価格の決定にあり、貨幣量(したがって価格の絶対水準)は実は市場システムの内部では定まらない。 各国の政府が金から切り離してその量を管理することは完全に可能であり、貨幣量の管理によって有効需要と物価水準とか操作される。 金本位への訣別は単なる一時的現象ではない。 市場メカニズムは、「通貨管理」という経路を通じて外へ開かれているのであり、そして通貨管理は政府(中央銀行を含むものとしての)を通じて事実上政治システムに委ねられているのである。このようにして、資本主義の経済システムと政治システムは貨幣供給を通じて接合する。

 ケインズ理論のもう一つの要点は、市場が完全に競争的でなく、価格が完全に伸縮的でないという事実の承認にある。 ケインズ自身はとくに、労働市場における貨幣賃金の硬直性に注目したが、周知のように同じような事態は寡占的製品市場でも発生して、管理価格という形をとっている。 ケインズは実は、市場の不完全性を巨視的モデルに明示的にとり入れた最初の正統派(非マルクス派)経済学者である。 そして寡占的市場における価格決定は、労働力市場での労資間の団体交渉にみられるように、単なる交換ではなく、分配問題をも含んだ政治的プロセスに他ならない。 かくて産業社会における市場は、その実質において政治システムの役割を果たし、経済システムと政治システムとは相互浸透するようになる。

 このようにしてケインズは、価格硬直性と管理通貨とを事実として公認することによって、政治と経済の「分化」を建前とする古典的伝統に訣別する。 彼は象徴的な分水嶺であり、以降の資本主義は政治と経済の相互浸透によって特徴づけられる。 とくに第二次大戦後の資本主義先進諸国は、公然と意識的にケインズ型の有効需要調整政策を採用する。 アメリカの雇用法(一九四六年)はそのような状況を象徴するものといえるだろう。 ケインズ政策の第一次的な成果は、いうまでもなく大きな不況や失業の消滅というところにある。 

 しかし大不況から免疫になった経済では、あらためて不況とは何か、失業とは何かが問題になるだろう。 もはや生産の絶対水準の低下が考えられないとすれば、不況とは単に成長率の鈍化を意味するのか。 それならば正常な成長率とは何か。 失業率がゼロということはありえないが、働きたいという意志に反して職を失ったことをさす「非自発的失業」は果たして明確に定義できるものなのか。 要するに、不況や失業は明確な一線として描かれるのではなく、裁量の幅をもったあいまいな現象にすぎない。 そのときあらためてケインズ政策は、その運用原則を問われることになるのである。

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戦後初期のケインズ的(新古典派)経済学への疑問
posted by Fukutake at 08:29| 日記