2022年10月05日

人種差別の種は尽きまじ

「宮崎市定全集 16 近代」 岩波書店 1993年

黄禍か、白禍か p155〜

 「(日露戦争で)日本がロシアに戦争で打ち勝つと、これは予想外に大きな衝撃を世界の各地に及ぼした。 これまでは白人の絶対優位のうちに世界の形勢が進行し、アジアもアフリカもアメリカも、ことごとく白人国家の植民地、ないしは半植民地にされてしまった。 有色人種はとうてい白人に勝つことはできぬと、あきらめてしまっていた有色人種は、ここで一度失った自信をとりもどしたのである。 このころから、当時は活動写真とよばれた映画が流行しだし、日露戦争の光景が仕組まれてアジア各地で上演され、植民地土着人の間に大歓迎を受けた。 かれらはしだいに民族的な自覚をもつようになり、以前のように征服者に対して卑屈ではなくなってきた。

 それにつれて薄気味悪くなったのは、イギリス・フランス・オランダなどの植民国家である。 これまでアジアにおいてさんざん横暴を働いていたので、今度はその復讐をうける順番がきはせぬかと恐れるようになった。 そしてこういう場合、よく起こりやすいのは加害者のほうが起こす被害妄想である。 そこで改めて黄禍論が、前代とはちがった真剣さをもって討議されるようになった。
 
 黄禍論者のいうところによれば、将来において黄禍が起こりうべき条件は、すでに、じゅうぶんにそなわっている、という。 まずは軍事的には、黄色人種は野蛮な勇気を生まれつきもっていて、最も軍人となるに適している。 だからこそ過去において、フンネンのアッチラや、モンゴルのバツなどが、ヨーロッパの中心近くまで攻めこんだことがあった。 その後、武器の改良がなされなかったため、一時的に衰えたというものの、やがて彼らが最新の武器を入手し、新しい戦術を学ぶならば、ヨーロッパ人はとうていかれらに太刀打ちできぬ。 少なくともアジアにおけるヨーロッパの植民地は、遠からずして奪回されるにちがいない。

 つぎに体質的に黄色人種は、世界のあらゆる土地の気候風土に対して、すぐれた適応性をもっている。 さらにその生活のうえで、忍耐であり、勤勉である、倹約であるから、労働者としても、資本家としても、はるかに白人よりも能率的であって、やがて白人を圧倒してしまう可能性がある。
 
 要するにこれは、近頃になって現われた西洋没落論のはしりである。 ただし同じようなことをいうにも、そこに時代の変遷がうかがえるのであって、西洋没落論のほうは、没落の原因を西洋自身の内部に求めようとするのに対し、黄禍論のほうは、明らかに民族的な憎悪をこめて、責任を黄色人種に転嫁しようとする横着さがある。 これが当時ヨーロッパ一般の道徳的水準であったのである。」

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今も昔も人種問題は決して消滅しない。






posted by Fukutake at 07:41| 日記