2022年10月03日

不思議な日本

「虫目とアニ目」 養老孟司 x 宮崎駿 新潮文庫 平成二十二年

お先真っ暗 p81〜

 「養老孟司 自然のディテールが日本の中でどれくらい繊細なものかというのは、たとえばマイマイカブリの生息分布図を作るだけでも明白なんです。亜種ごとにキレイに色分けできる。で、あるとき中村桂子さんがそのマイマイカブリの分布図ともう一枚別の地図を持ってきて、比べてみろと言う。すると二枚はそっくりなわけ。実はもう一枚の地図というのは、縄文式土器の型式による分布図なんだけれど、それを見てわかるのは、万年単位で続いた縄文時代は、虫の分かれ方と文化の分かれ方まで一致させちゃうんじゃないか。要するにそのくらい自然のディテールに依存して縄文の人は生きていた、ということなんです。

 さらにカミキリムシの一種にコブヤハズカミキリって飛べないやつがいるんだけど、これがやはりフォッサマグナでキレイに分かれている。せいぜい近いところで二〇〇メートルくらいしか離れていないけれど、混ざらない。ところが、ほんの狭い範囲で雑種が取れるんです。今度は、なんでそこだけ雑種がいるかってことが問題になる。で、それを研究している人によると、そこでかつて土砂崩れが起きたんだと言うんですね。現代のわれわれは、そんなディテールを完全にすっ飛ばして生きているでしょう。ぼくが乱暴だって言うのは、こういうことなんです。でも、その細やかさこそが生き物なわけ。ヨーロッパ、アメリカ型の都市はそれを徹底的に無視をする。それは飛行機から見たら一目瞭然なわけ。つまり、ああいう文明は空から見るとルールが見えるんです。

 たとえばバンコクなんかも空から見ると実によくわかる。人口が密集する碁盤縞に運河が走っていて、その両岸に等間隔で樹木が植えられている。人口が密集する碁盤の中心部に近づくと、運河の水が濁ってくる。あそこに住む連中が、どういう頭で暮らしているのかが手に取るようにわかるんですね。この人たちだったら西洋人と話がつくだろうと。ある意味で土地のいじり方が同じなんです。空から見ることなんて考えずに連中は都市を作るわけだけれど、そこにははっきりとしたルールが見える。ところが田舎を飛ぶとまた面白くて、タイの田園はなんにもルールがわからない。まさにランダムという感じで土地が切り開かれていることがわかる。

 それで成田に帰ってくると、これがなんとも言えないんですね。都市でも田舎でもない。つまり碁盤目みたいなルールでもないし、タイの田舎とも違う。でも、これはこれであるルールに従っているんだろうな、というのがなんとなくわかる。けれど、そのルールを言ってみろと言われても言えない。それが日本という気がする。ぼくはあの風景を見ると、なんで日本が暮らしにくいのがが見えるような気がするんですね。つまり暗黙のルールが幾重にもかかっていて、しかもそれは無意識なんです。それを何百年も続けてきたわけだから、外国人が日本にきて「わからない」と言うのも当たり前だと思う。」

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ルールのないルール
posted by Fukutake at 07:51| 日記