2022年08月16日

おふくろの心遣い

「井伏鱒二全集 第十一巻」(随筆) 筑摩書房 1965年

おふくろ p56〜(旧仮名遣いを直しました)

 「私の母は八十六歳だが、まだ割合と達者である。 達者というよりも、去年の秋から今年の春にかけては、例年と違って寝込みもしなかった。 毎年、冬になると蟄居するが、この冬は割合に元気なところを見せていた。

 先月、そういう手紙を田舎の義姉から私の家内によこしてきた。 暖冬であったせいだろうか。
 私は二年に一度か三年に一度ぐらい、ついでがあったら田舎の生家に寄るように努めている。 と云っては語感がよくないが、私はお袋の愚痴を聞くのが嫌だから、わざわざ出かけて行こうという気持は滅多に起こさない。 私が帰って行くたびに、お袋は憂鬱な気持を誘い出すような口をきく。 それが型にはまったようにきまっている。

「ますじ」と、十二年前か十三年前、私が久しぶりに帰ったとき、義姉や甥の一緒にいる夕飯の席でお袋が云った。 「お前、東京で小説を書いているそうななが、何を見て書いとるんか。」
「何を見て書いとるか云っても」と私は、大してまごつかないで返答した。 「いろんな景色や川や山を見て、それから歴史の本で見た話や、人に聞いた話や、自分の思いついたことや、自分が世間で見たことや、そんなの書いとるんですがな。」
「それでも、何とかお手本を置いて書いとるんぢやなかろうか。」
「それは本を読めば読むほど、よい智慧が出るかもしれんが。」
「字引も引かねばならんの。 字を間違わんように書かんといけんが。 字を間違ったら、さっぱりじゃの。」

 お袋はしばらく黙っていたが、説教はこれだけでは止そうと思ったのだろう。
「よし子」と、義姉に云った。 「ますじに、酒を飲ませてやってくれ。 あんまり飲むと毒じゃから、徳利に一つだけ酒をわかしてやってくれ。」
 義姉は竈の下を燃やしつけて、戦争前に近所の人が除隊記念にくれた銚子を鍋のなかに立てて燗をした。 盃も同じく除隊記念にもらった土産品で、連隊旗と海軍旗を交叉させた図が書いてある。 ぎらぎら光る水金で第四十一連隊という文字など書いてある。 この家では古い徳利や猪口などはどこかに蔵っていて、法事のときにも来客のときにも決して使おうとしないのだ。

 私は三本や四本の酒では酔えないが、お袋は私が銚子の酒を半分ぐらいまで飲むと意見するような口をきいた。
「ますじ。 そうそう酒を飲むと毒じゃががな。 人が見ても、みっともないし、酒飲みは酒で身を誤るというての。」
 それで私は一本だけで止そうとしたが、母はそれで満足するものではない。
「お前は酒が飲めるというのに、一つだけで止めることはあるまいが。 飲めるのに、無理せんでもよかろうに。 飲めるんぢゃもの、もう一つだけなら飲んでもよかろうが。 もう一つ酒をわかしてやってくれ。」

お袋は酒飲みの倅に酒を飲ませたいが、酒なんか見るのも嫌な義姉に遠慮して余計なことを云ったのだろう。」

初出 昭和三十五年七月、『中央公論別冊』に発表。
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目に見えるよう。

posted by Fukutake at 08:40| 日記