2022年08月15日

シャボン玉飛んだ…

朝晴れエッセー「シャノン玉飛んだ」 武田彰子(82)和歌山市 
産経新聞朝刊掲載

「「シャボン玉飛んだ、屋根まで飛んだ…」。幼稚園では今、子供たちが、この歌をうたいながらシャボン玉あそびを楽しんでいます。 でも、この歌を作詞した野口雨情が、自分の最愛の子供が亡くなったときの心情を書いたのだと聞き「もしや!」と私も涙ぐんでしまいました。

 実は昭和20年、世界大戦も終わりに近づいた頃、満一歳半の弟がヘルペスで死んだのです。 母も軍服を早く縫うようせかされたので、過労で寝こんでしまったのです。 痛がっていた弟もそんな母に看病もしてもらえず死にいたったのです。

 その通夜は、お坊さんや親類の皆も、母にはわからないようにと暗闇の中、ロウソクの火だけで、声も出さずいとなまれました。 でも真っ暗な中、浴衣姿の母が現れました。 みんなの驚きは、いかばかりか!

 母は冷たくなった弟の顔をそっとなでて涙をふきながら、とぼとぼと2階へ上がっていきました。 そのとき、やさしい声で聞こえてきたのが、「シャボン玉飛んだ、屋根まで飛んだ、屋根まで飛んでこわれて消えた…」の歌だったのです。

 一週間後、母も他界しました。 父は戦地からもどれず、小学3年生の私と、3歳の妹、親族の人たちで通夜が営まれました。 昭和20年7月28日〜8月2日の間の出来事でした。

 この大好きな歌が聞こえてきても、私は野口雨情や母の心情を思うと、今でも子供たちといっしょに歌えないのです。」 

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黙祷
posted by Fukutake at 06:52| 日記