2022年06月27日

長野県の民俗研究

「宮本常一著作集 18  旅と観光」 未来社  

郷土研究への期待 p151〜

「戦後世相混乱の中で、古い過去を断ちきるという動きにつれて、村々にのこる古文書類の散佚するであろうこと、それに過去が時空のかなたへ埋没してしまうことをひそかに心配して、その保存の対策を考えたのは渋沢敬三先生であった。そして文部省の人文科学研究課長犬丸秀雄氏の肝いりで、近世庶民史料調査委員会が組織され、野村兼太郎博士を中心に全国的な庶民資料調査がおこされ、その成果は所在目録三巻となって公刊され、これが画期的な事業であったことを知る。と同時に、これによって近世の庶民大衆が大きく反省され、又学問の対象としても大きく登場することになり、地方史研究が勃然としておこって来る。

 そうした中にあって、長野県だけは、若干事情を異にした。柳田國男先生と信州教育の結びつきから、民俗学的な郷土研究が大正七年ごろから盛んになって来る。長野県は山国であり、山を境にして多くの地域に分かれ、その地域ごとに特色があり、また古い習俗が多くのこっていた。それらの習俗が主として小学校の教諭の活動によって調査せられ、中には一志茂樹氏を中心とした『北安曇郡郷土誌稿』のようなすばらしい成果が、昭和初期にすでに世に問われている。その他の郷土誌にいたっては枚挙にいとながないほどであるが、いずれも資料としての価値が高いものであり、それらの調査活動にしたがった人びとが主として戦後の地方史研究のメンバーとして登場して来たことも長野県の一つの特色であったといっていい。

 つまり、戦後は文献資料の調査整理に重点がおかれることになったが、その基底には民俗学的な発想と着眼が根をおろしている。そうした事業の中で『信濃史料』は県下全体にわたる文献記録の年代を追っての集大成で、他の諸県が県史編集に大きく力をそそいでいるのに対して、ここでは基礎資料の整備にもっとも力が注がれており、諏訪史編纂事業にともなう『諏訪史料叢書』もこれに類するものと見てよいであろう。こうした地道な基礎作業がつづけられて来たのも、昭和二四年以来雑誌『信濃』のはたした指導的役割が大きい。

 ところが、昭和三〇年町村合併が各地でおこなわれてから、市町村史の編集が盛んになって来る。その影響から長野県もまぬがれざるを得なかったと言っていい。各町村とも盛んに編集刊行しているが、この方はそのうちにおちついて来るであろう。このような現象は、かつて、郡制廃止のときにも見られた。全国五百郡に近いうちその半ば以上が群史をつくったのである。一つの土地に住むものが、その土地を権威づけるために活動することは当然のことと言っていいが、それがそのことのみに終始すると、単なる所自慢になる。これを日本史の立場から見ようとしたことから地方史研究の機運も生まれたのであるが、昭和三〇年以降の町村史はこの立場に立っていると言っていい。

これまで個々ばらばらに出ていた民俗資料が、整備して叢書として刊行せられるべき課題がこのっているのではないかと思う。そしてそれらのものの整理をまちつつ、人間生活の歴史が追究せられるべきではないかと思う。」

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文献資料と民俗の実態研究を望む
posted by Fukutake at 07:24| 日記