「汝みずからを笑え」 土屋賢二 文春文庫 2003年
百年後に開けるタイムカプセルに何を入れるか p29〜
「このようなアンケートを受けた。わたしに対して、「日本経済を再生するにはどうしたらよいか」とか「家庭平和を実現するにはどうしたらいいか」といった質問をしてくる人はいない。わたしへの質問は、どう答えても実害がないような質問ばかりだ。
しかし無理に考えれば、この質問は重要だ。タイムカプセルに何を入れるかによって、百年後の人類にわずかでも影響を与えることになる。こう考えると、わたしはやる気が出てきた。日ごろ顔を合わせている周りの人間にさえ影響を与えることに失敗しているのだ。他人に影響を与えるめったにないチャンスだ。
張り切って考えたが、結局、名案も思いつかないうちに締め切りがきてしまった。本格的に考えたら、百年はかかる問題だったかもしれない。以下は、苦しまぎれの回答である。
タイムカプセルに何を入れたらいいかをいろいろな人に聞いたところ、「納豆を入れて、百年越しの納豆を食べさせてやれ」とか。「お前が入れ。百年前にどんな愚かな人間がいたか見せてやれ」という意見があった。こんな連中から離れられるなら、カプセルに入ってもいいが、納豆と一緒に入れられるのだけは絶対にお断りする。
百年後には、現在のインターネット上の情報は失われているだろう。これを保存するため、すべてのプロバイダーのハードディスクのコピーをタイムカプセルに入れたい。現在の人類を知る貴重な資料になるはずだ。ただ、われわれの本当の姿を知られたら、馬鹿にされる恐れがある。ぜひとも、ハードディスクの内容を改竄して、高度な文化を有していたように見せかける必要がある。そうやって百年後の人類に反省と奮起を促すのだ。
だが、高度な文化をもっていたように見せかけるには、高度な文化をもっていなくてはならない。たとえ見せかけることに成功しても、われわれ自身、高度な文化をもった過去から何も学ばなかったのだ。百年後の人類がわれわれから学ぶはずがない。」
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