2022年01月17日

十年後の千両

「日本の昔話」 柳田国男 新潮文庫

死後の占い p139〜

 「むかし北国街道のある寂しい村に、京都へ帰って行く旅人が、何人かの家来を連れて夕方に入って来て、他によい宿がなにので、路傍の大きな家の、女がただ一人で住んでいる所へ、頼んで一晩泊めて貰ったことがありました。次の朝早く起きて、その旅人が出て行こうとしますと、家主の女が後を追いかけて来て、あなたには金千両の貸しがあります。それを返して置いて立って下さいと言いました。家来たちは余りに突然な言いがかりに驚いて、怒ったり嘲笑ったりしているのを、主人は物静かに先ず待てと之を制して、兎に角後戻りをしてくわしく其話を聴きました。どういうわけがあるかも私は知りませぬが、父が亡くなる時に私を前に喚んで、十年後の今月の昨日、北の方から旅人が来て泊まるであろう。その人に話をすれば千両の金を返して下さるからとくれぐれも言い置いて死にました。それを楽しみにして待っているところへ、ちょうどその日にあなたが来て泊まられたので、間違いのないことだろうと思いましたと言うのです。成程それでよく解った。お前の父は占い師であったと思われる。それで十年も前に今日私の来ることが、知れていたからそう言い残したのであろう。よしよしそれならば千両の金を、今直ぐに返して上げようと旅人は言いました。

 実はこの旅人もまた有名な占い師であったのでした。それで再び昨夜宿を借りた大きなあばら屋に入って、家の中を方々あるいてまわりました。そうして最後に奥の間の一本の柱の傍に近よって、とんとんと叩いて見ました。その柱だけ中がうつろになっていて、他の柱とは音が別であります。お約束の千両はこの柱の中に入っている。すぐに取り出して成るだけ大事に使いなさいと言って、その旅人は京の方に帰って行きました。女の父親は十年も前から一度は自分の娘の困ることを知っていました。そうしてその為に八卦を見て、ちょうどその頃に京の優れた占い師が、来て泊まるということを見て置いたのでありました。易の術と親の愛情と、どちらか一つが備わらなかったら、とてもこういう計画は、立てることが出来なかっただろうということであります。」

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posted by Fukutake at 08:50| 日記