2021年12月30日

笑う門には

「考える人」季刊誌 2010年 冬号 NO.31

ひとりで生まれても、ひとりで還れない 大井玄 p55〜

 「学生を被験者にした実験です。図書館に行って、本を選んで、貸し出しの受付まで持って行かせる。そこで本を借りる書類を書かせているあいだ、最初に学生に対応した図書係が気づかないように他の人と入れ替わる。そうすると、学生はまったく気づかすに、入れ替わった人とやりとりを続けるそうです。
 それからこういう実験。被験者の前に坐って、右手の上に Aという女性の顔写真、左手の上にBという女性の顔写真を載せて、被験者に見せるわけです。「あなたが魅力的だと思う女性を選んでください」と言って、どちらかを指してもらう。たとえばAが選ばれるとする。それから二枚の顔写真を被験者の視界から隠して、選ばれなかったBの写真をもう一度見せながら、「どうしてこの女性を選んだんですか? どこが魅力的だったんでしょう」と聞く。すると疑いもせず、「目元が愛らしい」とか「唇のかたちがきれい」とか説明し始めるんだそうです。事実関係からすると完全な作話です。「僕が選んだ人じゃない」と指摘する人はほとんどいない。認知心理学の世界ではこれを選択盲というそうですが、人間の認知能力というものはかなりあやしいものだということがわかります。…
 それから日常的な人間関係においても、人間の脳にあるミラー・ニューロン(鏡神経細胞)というものもあります。目の前の人が何か御飯を食べていたとすると、脳のなかではその行動をなぞるように同じことをやっている状態をつくるわけです。人があくびをしているのを見ると、あくびがでるでるのはその一例で、気持ちは伝染します。そのことを敷衍していくと、連れ合いの気持ちをよい方向に持って行くには、自分が気持ちのよい様子をして見せる。たとえば低血圧で朝はしばらく不機嫌な奥さんがいたとする。しかし人間は行動が先なんです。笑うから愉快になり、泣くから悲しくなる。低血圧の妻の夫が、毎朝、妻の顔を最初に見るときに、ニコッとするようにしてみたそうです。最初はどうしてニコッとされたのかわからなかった妻も、毎日ニコッとされ続けていくうちに、自分からも自然にニコッとする条件づけがされた。相手にとって楽しい存在である、ということを無意識のうちに植えつけていくことが、人間関係から不安をとりのぞく大きな契機にもなっていくということですね。」

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posted by Fukutake at 07:54| 日記