「考えるヒント 4」−ランボオ・中原中也− 小林秀雄 文春文庫
死んだ中原 p79〜
「君の詩は自分の死に顔が
わかって了った男の詩のやうであつた
ホラ、ホラ、これが僕の骨
と歌つたことさえあつたつけ
僕の見た君の骨は
鉄板の上で赤くなり、ボウボウと音を立ててゐた
君が見たといふ君の骨は
立札ほどの高さに白々と、とんがつてゐたさうな
ほのか乍ら確かに君の屍臭を嗅いではみたが
言ふに言はれぬ君の額の冷たさに触れてはみたが
たうとう最後の灰の塊りを竹箸の先きで積つてはみたが
この僕に一体何が納得出来ただらう
夕空に赤茶けた雲が流れ去り
見窄らしい谷間ひに夜気が迫り
ポンポン蒸気が行く様な
君の焼ける音が丘の方から降りて来て
僕は止むなく隠坊の娘やむく犬どもの
生きてゐるのを確かめるやうな様子であつた。
ああ、死んだ中原
僕にどんなお別れの言葉が言へようか
君に取返しのつかぬ事をして了ったあの日から
僕は君を慰める一切の言葉をうちやつた
ああ、死んだ中原
例へばあの赤茶けた雲に乗つて行け
何の不思議な事があるものか
僕達が見て来たあの悪夢に比べれば」
(昭和十二年十二月『文學界』)
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