2021年10月18日

ツラの皮

「肉体百科」 群ようこ 文春文庫

皮膚 p84〜

 「化粧品があまり肌に合わないわたしは、俗にいう皮膚の過敏症らしい。紫外線の量がふえる三月ごろから、外に出ると皮膚が赤くなってくる。七月、八月よりも私にとっての日焼けの季節は、三月から始まるのである。こういう状態だから、化粧品なんてほとんど使えない。自然化粧品もいろいろ使ってみたが、なかにはかぶれたりするものもあって悩まされた。それ以来、私はほとんどいつも素顔に近い状態である。紫外線が強くなってくる時期には、仕方がないから日焼け止めを塗るが、日焼け止めでかぶれたりするので、気は抜けない。帽子や日傘を併用して、なんとか皮膚に負担をかけないように苦労しているのだ。
 化粧水のかわりにミネラル・ウォーター、乳液のかわりにアトピー用の椿油。私の皮膚はいたって経済的にできている。それだけでなく、五分もあれば私の顔面作成は終わる。母親に、「猫だって顔をきれいにするのに、もうちょっと時間をかけるわよ」といわれたくらいである。こんな調子でやっているのが、ふつうだと思っているから、友だちと旅行に行ったりすると、彼女たちの顔面作成があまりにおおごとなので、びっくりする。私のお道具は小さな袋ひとつだけなのに、彼女たちが大きな袋をふたつも持ってくる。それをホテルの鏡の前にどーんと並べ、朝起きたとき、風呂上がり、そしてでかける前と、三十分くらいずつ鏡の前にへばりついているのだ。彼女たちは手もちぶさたの私に、気を使ってくれる。私も、「気にしないで」と一応いうのだが、どうして、あんな時間がかかるのか不思議でならない。横目で盗み見ていたら、化粧品をひとつひとつ顔に塗るごとに、確認している。塗る化粧品の数が多いことと、ひと作業ごとの確認に時間がかかるのだ。
「そんなにいろんなものを塗る必要があるの」とたずねると、彼女たちは、
「もう習慣にかっているからね」と平気な顔をしている。面倒くさいことがとにかく大嫌いな私は、毎日、あれだけの時間をかけている彼女たちを、尊敬してしまうのだ。
 私だって皮膚が過敏でなければ、きちっと化粧してみたい、これから歳をとっていったら、今よりもっと、みっともなくならないように気をつけなきゃならない。顔を見て怖くなるような厚化粧も嫌だが、まるっきりの素顔っていうのも難しい。皮膚にあれこれ塗りたくるのは、あまりよくないという話もあるようだから、このままでもいいのかもしれないが、たまには気分転換だってしたいのだ。そういう話をすると、母親は、「おかしいねえ。あんたのツラの皮は厚いはずなのに」とまた憎たらしいことをいって、私をいじめるのである。」

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posted by Fukutake at 14:36| 日記