「味わい深き 病の歌」 松村由利子 「考える人」季刊誌 2016年冬号より
p56〜
「無理すればかならず腫れる扁桃腺その先の無理をすることのあり
風邪の引き始めは変にかなしくて古い雑誌を眺め過ごす
微熱でも寝かせてくれる君に甘え素麺ゆでる音を聞いてる
かならず治る病気だからと繰り返し誰もが言へば治らぬような
たんたらたらたんたらたらと雨滴(あまだれ)が痛むあたまにひびくかなしさ(石川啄木)
リウマチは尋常ならぬ痛みにてをりをりわれを尊大にする
透析の夫に付き添ひ読む文庫イワン・カラマーゾフの長広舌終はらず
失ひしわれの乳房に似し丘あり冬は枯れたる花が飾らむ
ひと息にビール飲み干す夢を見き術後一年胃のなきわれは
失くしたる文語文法ふたたびを暗記してゆく夕べかななかな
一世紀すぎて人類(ひと)は筋ジスを治せぬ月まで出掛けし力
おつとせい氷に眠るさいはひを我も今知るおもしろきかな
ふとんの上でおおかゆすするあと何度なおる病にかかれるだろう」
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病が与えてくれた贈りものか。