「遠野物語」 柳田國男 新潮文庫
狐の仕返し p157〜
「二〇四
是は大正十年十一月十三日の岩手毎日新聞に出て居た話である。小国のさきの和井内という部落の奥に、鉱泉の涌く処があって、石館忠吉という六十七歳の老人が湯守をして居た。去る七日の夜の事と書いてある。夜中に戸を叩く者があるので、起きて出てみると、大の男が六人手に猟銃を持ち、筒口を中吉に向けて三百円出せ、出さぬと命を取るぞと脅かすので、驚いて持合わせの三十五円六十八銭入りの財布を差出したが、是ばかりでは足らぬ。是非とも三百円、無いというなら打殺すと言って、六人の男が今や引金を引こうとするので、夢中で人殺しと叫びつつ和井内の部落まで、こけつまろびつ走って来た。村の人たちはそれは大変だと、駐在巡査も消防手も、青年団員も一つになって、多人数でかけ附けて見ると、既に六人の強盗は居なかったが、不思議なことに先刻爺が渡した筈の財布が、牀(とこ)の上に其儘落ちて居る。是はおかしいと小屋の中を見まわすと、貯えてあった魚類や飯が散々に喰い散らされ、そこら一面に狐の足跡だらけであった。一同さては忠吉爺は化かされたのだと、大笑いになって引取ったとある。此老人は四五日前に、近所の狐穴を生松葉でいぶして、一頭の狐を捕り、皮を売ったことがあるから、定めて其眷属が仕返しに来たものであろうと、村では専ら話し合って居たと出て居る。」
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かわいそうな狐の親族