「「楡家の人びと」(北杜夫著)」「三島由紀夫全集31」 新潮社 1975年
p239〜
「戰後に書かれたもつとも重要な小説の一つである。この小説の出現によつて、日本文學は、眞に市民的な作品をはじめて持ち、小説といふものの正統性を證明するのは、その市民性に他ならないことを學んだといへる。
これほど巨大で、しかも不健全な觀念性をみごとに脱却した小説を、今までわれわれは夢想することもできなかつた。
あらゆる行(ぎやう)が具體的なイメージによつて堅固に裏打ちされ、ユーモアに富み、追憶の中からすさまじい現實が徐々に立上るこの小説は、終始楡一族をめぐつて展開しながらも、一腦病院の年代記が、つひには日本全體の時代と運命を象徴するものとなる。しかも叙述にはゆるみがなく、二千枚に垂(なんな)んとする長編が、盡きざる興味を以て讀みとほすことができる。
初代院長基一郎は何という魅力のある俗物であらう。諸人物の幼年時代や、避暑地の情景には、何といふみづみづしいユーモアと詩があふれてゐることだらう。戰争中の描冩にさしはさまれる自然の崇高な美しさは何と感動的であらう。
これは北氏の小説におけるみごとな勝利である。これこそ小説なのだ!」
(<初出>同書函・新潮社・昭和三十九年四月)
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高校の頃に読んだ記憶が少し蘇りました。