「紫式部日記」 桑原博史 監修 (新明解 古典シリーズ 6)三省堂
紫式部日記 冒頭部分 p196〜
「秋のけはひ入り立つままに、土御門殿のありさま、いはむかたなくをかし。池のわ たりの梢ども、遣水のほとりの草むら、おのがじし色づきわたりつつ、おほかたの空の 艶なるに、もてはやされて、不断の御読経の声々、あはれまさりけり。 やうやう涼しき風のけはひに、例の絶えせぬ水のおとなひ、夜もすがら聞きまがは さる。 御前にも、近うさぶらふ人々、はかなき物語するを、聞こしめしつつ、なやましうおは しますべかめるを、さりげなくもてかくさせたまへる御有様などの、いとさらなることな れど、うき世のなぐさめには、かかる御前をこそたづねまゐるべかりけれと、うつし心 をばひきたがへ、たとしへなくよろづ忘らるるも、かつはあやし。」
(通釈) 「秋らしい風情が次第に深まっていくにつれて、土御門邸のようすは、いいようもなく 趣がある。池のあたりの木々の梢や、遣水のほとりの草むらは、それぞれ一面に色 づき、そこら一帯の空(のようす)も優美であるのに、(いっそう)引き立てられて、(おり から響いてくる僧たちの)不断の御読経の声々も、いっそうしみじみと心にしみて感じ られることである。 (夜に入って)しだいに涼しくなった風のそよめきに、いつもの絶えることのない遣水 の音が(読経の声と溶け合うようにして)一晩中まぎらわしく聞こえてくる。 中宮様も、おそば近くお仕えしている女房たちが、とりとめもない話をするのを、お 聞きになりながら(ご懐妊中なので)ご気分が悪くていらっしゃるであろうに、なにげな いふうにつとめてお隠しになっていらっしゃる(その)ごようすなどが、まったく今さら言 うまでもないことだが、つらいこの世の慰めには、こういうお方をこそお探ししてでもお 仕え申すべきであったのだと、ふだんの(ふさいだ)気持ちとはうって変わって、たとえ ようもなくすべて(の心の憂さ)が忘れられてしまうのも、一方ではまた不思議なことで ある。」
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(背景:一条天皇の中宮彰子は、お産のために父藤原道長の邸宅である土御門殿に 里下がりしていた。作者の紫式部は夫と死別したが道長の要請があって彰子のもと に出仕した。その頃はすでに『源氏物語』の執筆が進められていた。)