2020年12月28日

質問魔

「日本人の質問」 ドナルト・キーン 著 朝日選書 1983年

なんたる好奇心 p5〜
 「日本人は好奇心の旺盛な国民として世界中に知られている。これは決して新しい現象ではない。西洋人と初めて接触したころから、機会があれば必ず外国のことについてむやみに質問した。文化八年(一八一一)にロシア海軍少佐ゴロウニンらがエトロフで日本人に捕らえられ、投獄されたことがあるが、日本の役人は獄中のロシア人たちを間断なく尋問した。日本側はまた、彼らを利用してロシア語を始める考えもあったようだが、ゴロウニンは「われわれは死んでも日本人相手の教師になるつもりはなかった」と後日、回想録の中で記した。明らかに日本人の質問攻めに弱っていた。
 五十年経てから下田にアメリカの領事館ができた。江戸幕府の隔離政策により、ハリス領事と彼のオランダ語の通訳のヒュースケンはそこで孤独の生活を強いられていたので、あるいは日本人の質問攻めを喜んだかも知れない。ある日、ヒュースケンが近くの武士の家を訪ねたところ、会話の途中で、その武士が目、鼻、口を指してオランダ語の名称をいちいち聞き、さらに突然素っ裸になって体のあらゆるところを指して名称を尋ねたので、ヒュースケンは大いに当惑させられた。
 日本人の排他的な面が時々指摘され、それについての不満を口にする外国人は後を絶たない。だが、日本人が文字通り国粋主義者なら、自国をよく知れば十分なので、他国の知識を蓄積してもためにならないと思うはずである。が、鎖国時代のかなり狂信的な国学者であった平田篤胤でさえ、「純正な日本の道を得ようと望む者は、すべての学問を身につけなければならないことは明らかである。それらの学問が外国のものであっても、それらの長所を選び、学びとるならば、御国の用となるだろう。漢学はもちろん、インドやオランダの学問さえも、御国学びと呼んでいっこうに差し支えないのである」と強調した。
 日本人の知識欲は世界に類のないものである。日本の目覚ましい発達は、その知識欲と縁が深い。質問のお相手にさせられる外国人は、そのために疲れることがある。ゴロウニンではないが、「死んでも日本人相手の教師になりたくない」という不平を漏らしてしまうが外国人も出てくる。」

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物見高い日本人気質
posted by Fukutake at 08:41| 日記