2020年10月19日

下品なおしゃべり

「徒然草 第五十六段」 

 「長らく離れていて出会った人が、自分の方にあったことを、何もかも余すところなく語り続けるのは、ほんとにイヤミなものである。いくら隔てなく慣れ親しんだ人でも、しばらくたってから逢えば、気づまりの感じられぬわけがあるまい。第二流の人間は、ついちょっと外出しても、今日手に入れたホットニュースだといって、息をつぐ間もないほどにしゃべり立てるものである。上品な人が物語りをする時は、聞き手が大ぜいいる場合にも、その中の一人に向かって言うのを、自然と他の人たちも聞くというふうなのだ。下品な人間は、誰にともなく大ぜいの中にのさばり出て、まるで今見ていることのように尾鰭をつけて話すと、聞き手は一様にゲラゲラと笑いさわぐ、そのサマは乱雑をきわめる。面白いことをしゃべってもあまり面白がらないのと、面白くもないことをしゃべってもよく笑うことによって、人柄の程度が推測できるにちがいあるまい。
 人の容姿のよしあしとか、学問のある人はその方面のことに関して批評し合っている時に、自分の身を引き合いに出して、あれこれと言い出してきたのは、ほんとうにいやな気のするものである。」
(『イラスト古典全訳』橋本武 p69〜)

 (原文)
 「久しく隔りて逢ひたる人の、我が方にありつる事、数々残りなく語り続くるこそ、あいなけれ。隔てなく馴れぬる人も、程経て見るは、恥づかしからぬかは。つぎざまの人は、あららさまに立ち出でても、今日ありつる事とて、息も継ぎあへず語り興ずるぞかし。よき人の物語するは、人あまたあれど、一人に向きて言ふを、おのづから、人も聞くにこそあれ、よからぬ人は、誰ともなく、あまたの中にうち出でて、見ることのやうに語りなせば、皆同じく笑ひののしる、いとらうがわし。をかしき事を言ひてもいたく興ぜぬと、興なき事を言ひてもよく笑ふにぞ、品のほど計られぬべき。
 人の身ざまのよし・あし、才ある人はその事など定め合へるに、己が身をひきかけて言ひ出でたる、いとわびし。」

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人前での話し方で品がわかる。

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posted by Fukutake at 08:35| 日記