2020年10月15日

天狗

「遠野物語」 柳田國男 角川文庫

遠野物語拾遺 p109〜
「98 遠野の一日市に万吉米屋という家があった。以前は繁盛した大家であった。この家の主人万吉、ある年の冬稗貫郡の鉛ノ温泉に湯治に行き、湯槽に浸っていると、戸を開けて一人のきわめて背の高い男がはいって来た。退屈していた時だからすぐに懇意になったが、その男おれは天狗だといった。鼻はべつだん高いというほどでもなかったが、顔は赤くまた大きかった。そんなら天狗様はどこに住んでござるかと尋ねると、住所は定まらぬ、出羽の羽黒、南部では巌鷲早池峰などの山々を、行ったり来たりしているといって万吉の住所をきき、それではお前は遠野であったか、おれは五葉山や六角牛へも行くので、たびたび通って見たことはあるが、知り合いがないからどこへも寄ったことがない。これからはお前の家に行こう。何の仕度にも及ばぬが、酒だけ多く御馳走してくれといい。こうして二、三日湯治をして、また逢うべしと言い置いてどこへか行ってしまった。その次の年の冬のある夜であった。不意に万吉の家にかの天狗が訪ねて来た。今早池峰から出て来てこれから六甲牛に行くところだ。一時も経てば帰るから、今夜は泊めてくれ。そんなら行って来ると言ってそのまま表へ出たが、はたして二時間とも経たぬうちに帰って来た。六角の頂上は思いのほか、雪が深かった。そう言ってもおまえたちが信用せぬかと思ってこの木の葉を採って来たと言って、一束の梛*の枝を見せた。町から六角牛の頂上の梛の葉のある所までは、片道およそ五、六里もあろう。それも冬山の雪の中だから、家の人は驚き入って真に神業と思い、深く尊敬して多量の酒を飲ましめたが、天狗はその翌朝出羽の鳥海に行くと言って出て行った。それから後は年に一、二度ずつ、この天狗が来て泊まった、酒を飲ませると、ただでは気の毒だといって、いつも光り銭(文銭)を若干残しておくを例とした。酒が飲みたくなると、訪ねて来るようにもとられる節があった。そういう訪問が永い間続いて、最後に来た時にはこう言ったそうである。おれももう寿命が尽きて、これからはお前たちとも逢えぬかも知れない。形見にはこれを置いてゆこうと言って、着ていた狩衣のような物を脱いで残して行った。そうして本当にそれきり姿を見せなかったそうである。その天狗の衣もなおこの家に伝わっている。主人だけが一代に一度、相続の際とかに見ることになっているが、しいて頼んで見せてもらった人もあった。縫い目はないかと思う夏物のような薄い織物で、それに何か大きな紋様のあるものであったという話である。」
(梛(なぎ)* 熊野の御神木となっている)

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少し眉唾っぽいかな。
posted by Fukutake at 11:08| 日記