2019年11月06日

漱石先生の想い出

「寺田虎彦随筆集 第三巻」 小宮豊隆編 岩波文庫 

夏目漱石先生の追憶

p292〜
 「先生最後の大患のときは、自分もちょうど同じような病気にかかって弱っていた。江戸川畔の花屋でベコニアの鉢を求めてお見舞に行ったときは、もう面会を許されなかった。奥さんがその花を持って病室へ行ったら一言「きれいだな」と言われたそうである。勝手のほうの炉のそばでM医師と話をしていたら急に病室のほうで苦しそうな声が聞こえて、その時にまた多量の出血があったようであった。
 臨終には間に合わず、わざわざ飛んで来てくれたK君の最後のしらせに、人力にゆられて早稲田まで行った。その途中で、車の前面の幌にはまったセルロイドの窓越しに見る街路の灯が、妙にぼやけた星形に見え。それが不思議に物狂わしくおどり狂うように思われたのであった。
 先生からはいろいろのものを教えられた。俳句の技巧を教わったというだけではなくて、自然の美しさを自分自身の目で発見することを教わった。同じようにまた、人間の心の中の真なるものと偽なるものとを見分け、そうして真なるものを愛し偽なるものを憎むべき事を教えられた。
 しかし自分の中にいる極端なエゴイストに言わせれば、自分にとっては先生が俳句がうまかろうが、まずかろうが、英文学に通じていようがいまいが、そんな事はどうでもよかった。いわんや先生が大文豪になろうがなるまいが、そんなことは問題にも何もならなかった。むしろ先生がいつまでも名もないただの学校の先生であってくれたほうがよかったではないかというような気がするぐらいである。先生が大家にならなかったら少なくとももっと長生きされたであろうという気がするのである。
 いろいろな不幸のために心が重たくなったときに、先生に会って話をしていると心の重荷がいつのまにか軽くなっていた。不平や煩悶のために心が暗くなった時に先生と相対していると、そういう心の黒雲がきれいに吹き払われ、新しい気分で自分の仕事に全力を注ぐことができた。先生というものの存在そのものが心の糧となり医薬となるのであった。こういう不思議な影響は先生の中のどういうところから流れだすのであったか、それを分析しうるほどに先生を客観する事は問題であり、またしようとは思わない。」

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美しい追憶
posted by Fukutake at 15:27| 日記