2019年09月10日

相対性理論

「物理学者はマルがお好き」−牛を球とみなして始める物理学的発想法 −  ローレンス・M・クラウス 青木薫訳 ハヤカワ文庫

 
アインシュタインの独創

p139〜
 「アインシュタインはここで明らかな問題に直面した。相対性の原理を捨てるか、それとも電磁気と電磁波に関するマックスウェルの美しい理論を捨てるかだ。アインシュタインは − ここが真に革命的なところなのだが − どちらも捨てないことを選んだ。この二つの理論はどちらもきわめて堅実で、間違っているとは思えなかったからである。…この一見矛盾する二つの要請が、同時に満たされるのではないかと考えたのだ。

 ちょっと考えてみよう。私のそばを通り過ぎる車の中で、子どもがゲロを吐いたとする。私に対するそのゲロの速度は、車の速度である時速九十キロに、車に対するゲロの速度である秒速⒈5メートルを加えたものになる。他方、運転席に座った母親にとっては、ゲロの速度は秒速⒈5メートルにしかならない。(速度の加法法則が成り立つとはこういうことである)。ところが、その子どものがゲロではなく、レーザー光線を母親に向けて発射したとすれば話は違ってくる − というのが、アインシュタインの主張なのだ。特殊相対性理論によれば、私がレーザー光線の速度を測定すればマックスウェルの速度になり、(「マックスウェルの速度」+「時速九十キロ」ではない)、子どもの母親が測定した結果もマックスウェルの速度になるのである。

 そんなことが可能なのは、唯一、私とその母親の測定結果は同じになるように、空間と時間が自らを「調整」して伸び縮みする場合だけだ。結局のところ、速度を測定するということは、ある時間間隔のうちに、何かが移動する距離を測定することである。それゆえ、もしも車の中のものさしが私のものさしよりも短くなっていれば、あるいは車の中の時間が私の時計よりもゆっくり時を刻むならば、私とその母親は、光線の速度として同じ値を記録することもありうる。実際、アインシュタインの理論によれば、ものさしは縮み、時計はゆっくり時を刻むのである。そのうえこの理論はものごとは完全にお互い様になっていると述べている。つまり、車の中の女性から見れば、私のものさしが縮み、私の時計がゆっくり時を刻んでいるのである。」


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相対的!


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posted by Fukutake at 10:52| 日記