2018年12月05日

日本を戦争に引きずり込んだ悪辣な米国

「東京裁判 日本の弁明」
 却下未提出弁護側資料 抜粋  小堀圭一郎 編 
 講談社学術文庫 1995年
(その2−2)

自衛権の発動
p119〜

 「裁判所の許可を得て申上げたいことがあります。元来我国は国内生産のみにては全国民を養ふことは全く不可能であります。従って貿易に依って国民生活必需品を輸入するの外は内地在住者の生命を維持するの手段はないのであります。米、英、蘭の資産凍結に依って我が貿易の半ば以上は失われ、過去八十年間の営々たる労苦は一空に帰してしまいました。之が、正当に又は違法に米、英、蘭に依って実行せられました資産凍結の結果であります。日本国民の不可侵の生存権はここに奪われたのであります。丁度其時米国は七月二十四日の野村大使に対する通告通りに、八月一日石油輸出禁止を発令いたしました。日本の海軍は現在貯蔵の油を消費した後は移動性を喪失いたします。支那事変は事実上解決不能となります。我国防は去勢せられたこととなります。ここに自衛権の問題は冷かな現実問題として全国民の眼前に姿を現して来たのであります。而もそれは即座の解決を要することであります。
 一言にして言へば、自衛権成立の基礎的事実は十分に完備したのであります。然し乍ら日本は此の時に於ても直ちに此の自衛権を行使しませんでした。夫れとは反対に、忍ぶべからざるを忍んで何とか戦争の原因と為り得るものを取除かうと努力したのであります。此の間の努力は有力にして且信憑力強き証拠を以って証明せられます。
 日本の平和への願望、日本の真摯なる努力は遂に実を結びませぬ。一九四一年十一月二十六日の米国の通告は、以上の自衛権構成事実の只の一つも之を除くことの不可能であること明白疑なきものと致しました。ここに於いて日本の政府は部内の各機関の意見及観察を徴し、最大の注意を払ひ遂に自衛権の行使
を為すの外なきに立到ったのであります。それは十二月一日でありました。但開戦の現実の期日を決定した後でも軍令には最後の瞬間迄此の急迫事情の一つにても取除かれ米国との関係妥結が成立すれば、総て従前の指令を撤回するの条件が附してありました。此場合には聯合艦隊は近海に帰り戻ってくるのであります。」

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日本は最後の瞬間まで、交渉妥結を夢見た。
posted by Fukutake at 13:04| 日記