2018年10月25日

共同謀議について

「共同研究 パル判決書(上)」 東京裁判研究会編 
  講談社学術文庫 1984年
(その5)

全面的共同謀議の存否

862p〜
 「「無政府」とは、考えようによっては、政府が全然存在しないことを意味するが、同時にまたそれはいくつかの、相抗争する政府の存在することを意味する場合もある。その場合の権威者は、実際には未発達の新興国家の統治者なのである。この隣りの権威者を併合しようというかれらの欲望は、第三者のなんらの関係を有しない事柄である。権力には必ず責任がともなわなければならないのであり、こうしてこれらの相争う権威者が、実際に統治するところのその領土の外部においては、かれらはまえの正当な統治権によって与えられた法律上の権力も、また現実的な力の存在によってえた物質上の権力も有することができない。この領土について、かれらは一国家を形成したものであると考えられることも、そう考えられないこともありうる。二つの全然独立した政府があって、しかも両者がともに権限を有しないような地域を、単一の国家として外国によって取り扱われるものとは期待することはできない。この考え方は、国際法の基礎そのものと矛盾するものである。
(中略)
 本官(パル判事)は、すでに右に記述したところから推して十分明白であるように、盧溝橋事件以前の中国の情勢が、本件(全面的共同謀議存否の審理)に重要な関係を有するものであると信ずる。「中国の内乱およびその結果として同国が拡がった無政府状態」は、もしこれが実証されるならば、検察側によって主張されたような華北における日本側の行動を正当化するに役立つか、そうでなければ少なくともそれを説明するのにおおいに役立つものと思われる。右に関連して弁護側によって主張されたように、華北における日本軍が、平和ならびに静謐を回復したかどうかということを調べるのは、適当であろうと信ずる。本官がすでに注意を喚起するところがあったように、不幸にもわれわれは一九四六年(ママ)七月九日ならびに二十五日に、華北における日本軍が同地の治安を回復したことを示す証拠を却下したと同様に、日本軍隊の作戦開始以前における中国の国情に関する証拠も却下することに裁定したのである。私見
によれば、右のような証拠を却下した結果、われわれが、これらの日本側の
行為がはたして起訴状に主張されたように、事前になんらかの全面的な共同謀議があったことを示しているものであるかという、そのどちらの結安にも到達することを困難にするのである。」


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何としても有罪としたい審理過程の姿を暴く。
posted by Fukutake at 10:26| 日記