2018年09月18日

念仏

「徒然草」第三十九段 (イラスト古典全訳 橋本 武 著 日栄者)

法然上人 54p〜

 「ある人が法然上人に向かって、『念仏を唱える時に、睡魔におそわれて勤行を怠ってしまうことがございますが、そんな時には、どのようにしてこの障害をなくしたらよろしいでしょうか。』と申し上げたところ、上人は『目のさめている間に、念仏なさればよろしい。』とお答えになったが、これはたいへん尊いお言葉だと思う。
 またある時には、『極楽往生は、きっとできると思えばたしかにできることでもあるし、できるかどうかわかったものではないと思えば、それは不確かなことになるのである。』と言われた。これも尊いお言葉である。
 また、『往生できるかどうか。疑いながらにでも念仏を唱えておりさえすれば往生できる。』とも言われた。これもまた尊いお言葉である。」


(原文)
 「或人、法然上人に『念仏の時、睡(ねぶり)にをかされて、行を怠り侍(はんべ)る事、いかがして、この障(さわり)りを止(や)め侍らん』と申しければ、『目の醒めたらんほど、念仏し給へ』と答へられたる、い尊(たふと)かりけり。
 また、『往生は、一定(いちぢやう)と思へば一定、不定(ふぢやう)と思へば不逞なり。』と言はれけ利。これも尊し。
 また、『疑いながらも、念仏すれば、往生す』とも言はれけり。これもまた尊し。」

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当時の庶民が信心したのもうなずけます。
posted by Fukutake at 16:56| 日記