2018年01月25日

日本の悲劇

「日本はいかにして 中国の戦争に引きずり込まれたか」〜
支那通軍人・佐々木到一の足跡から読み解く〜   
田中 秀雄  草思社 2014年

日本は中国を「侵略」したのか?  
36p〜

 「『兵敵改造與流其心理(兵隊の改造とその心理)』(著者 朱 執信)によると、
 支那軍の腐敗は下士官の単位から始まるという。仮にある小隊長が隊内のこの腐敗を除去し、改造しようとすると、必ず残りの小隊長らが反対する。中隊長がその中隊を正常化しようとすると、他の中隊長から迫害される。というのも改造は小隊長や中隊長らの飯の種を奪うことになるからだ。だから、賢明な小隊長や中隊長らは、下士兵卒の腐敗的雰囲気に自ら身を投じる。他の中隊長らに同化して一身の安全を図る。こうして戦時のどさくさにまぎれて殺人、掠奪、強姦も一緒になって遂行する雰囲気が出来上がる。
 平時は「万事不管」。日本の兵隊のように練兵などなく、ただほったらかしにされる。賭博が彼らの最も好むところだ。これを上官が奨励する。当然負けが込む者が大勢出てくる。不満だ。この憤怒を戦争に駆りたてるきっかけとする。元々一般社会からの脱落者が多く、性格上、彼らは自暴自棄の心理状態になりやすい。

 戦時は意外と逃亡兵が少ないという。行軍がある。鍋や薬缶、布団を担いで行軍する。馬に乗った指揮官は慰労などしない。極度の疲労は怒気をはらむ。
 戦場での逃亡はむろん処刑である。後退すれば、自らに銃を向けた督戦隊が待ち構えている。前を向いても後ろを向いても地獄だ、ままよ…。指揮官はこの自暴自棄の心理をうまく利用して、敵に向かわせる。こうして運よく生き延びている老兵がいつもいて、新兵を教育する。この歴戦のつわもの老兵は出動の命令がくると、歓喜の表情を表す。勝利の後の略奪という恍惚的体験が忘れられぬからだ。新兵もいずれ貫禄ある老兵になる。

 そしてこういう諺(ことわざ)が出来上がる。支那の軍隊がある町に入り込むと、第一日目は銭を奪い、二日目は女を漁る、三日目から賭博を開く。四日目以降に指揮官が指揮官らしいことを始める。「騒擾を禁ず」などの布告が出るのは騒擾が終わった後のことである。」

----
国民性は100年ぐらいでは変わりません。今の政権下の軍隊でもきっと…。
posted by Fukutake at 14:55| 日記