2018年01月09日

市場主義、利益最大化主義の終焉

「ファストフードが世界を食いつくす」(その2) エリック・シュローサー 
楡井 浩一=訳 草思社 2001年

「市場」独占の悲劇
 363p〜
 科学的社会主義者
 「われわれを取り巻くファストフード国家に関して、変えられない事柄など何ひとつ存在しない。マーケティング戦略、労働方針、農業技術、他社への追従と安売りへの執拗なまでの取組みなど、どれを取ってもだ。マクドナルドやその模倣者たちの成功も、けっして、あらかじめ運命づけられていた訳ではない。過去二〇年間、真の競争や選択の自由とはほど遠いわが国の経済変化が、“自由市場”などという巧言によって覆い隠されてきた。航空産業から出版産業、鉄道からテレコミュニケーションの分野に至るまで、アメリカ企業は、過酷な市場競争を避けるために、同業他社を排除し吸収することに心血を注いできた。一九九〇年代にアメリカ経済成長の原動力となった産業−−コンピュータ産業、ソフトウェア産業、航空宇宙産業、人工衛星産業−−は、何十年間も国防省(ペンタゴン)の助成を受けてきたものばかりだ。
 (中略)
 市場はひとつの道具であって、便利なものだ。しかしこの道具を崇拝するのは、むなしい信仰だと言える。道具そのものよりはるかに重要なのは、それを使って何を作るかということだ。アメリカの偉大な業績の多くは、自由主義と真っ向から対立している。児童労働の禁止、最低賃金の設定、自然保護区域や国立公園の設置、ダム、橋、道路、教会、学校、大学の建設などだ。もし束縛されない売買の権利だけが大事なのであれば、汚染食品はスーパーマーケットの棚から排除されず、有害ごみは小学校の隣に廃棄され、個々のアメリカ家庭は年季奉公人をひとり(ないしふたり)他国から移住させて、賃金の代わりに食事で支払うという事態になりかねない。
 (中略)
 二十世紀の歴史は、全体主義体制を採る国家権力との闘いに彩られた。二十一世紀は間違いなく、行き過ぎた企業の力を削減する戦いの世紀になるだろう。世界じゅうの国々が直面している大きな問題は、市場における効率性と非道徳のあいだで、いかにバランスを取るかだ。過去二〇年間、アメリカはひとつの方向に極端に走り過ぎ、労働者や消費者や環境を守るための規制を弱めてきた。自由を約束するはずの経済システムは、往々にして、それを否定する手段になってしまう。限られた企業による市場の独占が、もっとも重要な民主的価値観を押さえつけるからだ。」

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ファストフード業界に典型的に現れる資本主義社会の地獄
posted by Fukutake at 09:19| 日記