2017年12月25日

種の寿命

「人類が知っていること すべての短い歴史(下)」 ビル・ブライソン 
楡井 浩一 訳 新潮文庫 2014年

 186p〜

 「過酷な環境に強いものの例にもれず、地衣類は生長が遅い。シャツのボタンほどの面積を埋め尽くすのに半世紀以上もかかることがある。そのため、デイビッド・アッテンボローは、地衣類がディナー用の大皿くらいの面積まで広がるには「数千年とまではいかなくても数百年はかかるだろう」と記している。これ以上に不活発な存在は想像しがたい。アッテンボローは、「地衣類はただそこにある。そして、この上なく単純なレベルの生命体でさえ、明らかに自己のためだけに発生するという感動的な事実を証明している」と付け加える。
 生命体とはただそこにあるもの、という考えかたは見過ごされがちだ。わたしたち人間は、生きることに意味を求めようとする。計画や野心や欲望を抱え、絶えず自分に与えられた生を堪能しようとしているのだ。しかし、地衣類にとって生命とはなんだろう? あらゆる点から見て、存続したい、生きたいという地衣類の衝動は、わたしたち人間と同じくらいーいや、おそらくはそれ以上にー強力だ。わたしなら、森の中の岩に生えた苔として何十年も過ごせと言われたら、きっと生きる意志を失う。しかし、地衣類は違う。事実上すべての生きとし生けるものと同じく、ほんの一瞬でも長く存在するために、艱難辛苦を乗り越えていく。簡単に言えば、命あるものはひたすら自己の存続を願う。しかしーここが興味深い点なのだがーだいたいにおいて、多くは望まない。
 (中略)
 四十五億年という歴史の中で、わたしたち人類の存在がいかに新しいものかを、さらに効果的に把握するためには、両腕をいっぱい伸ばして、その長さを地球の全歴史だと考えればよい。ジョン・マクヒィーの『盆地と山脈(Basin and Range)』によると、この尺度では、片手の指先からもう片方の手首までの距離が、先カンブリア時代に当たる。複雑な生命体はすべて、片手におさまる。『そして、爪の中目のやすりを一回かけただけで、人類の歴史は剥がれ落ちてしまう。』
(中略)
 「これまで地球に生まれた全生物種の99.99パーセントは現存していない。シカゴ大学のデイヴィッド・ラウブは、『まずひとつ言えることは、すべての種が絶滅するということだ』と言っている。複雑な生命体の場合、種の平均寿命はほんの四百万年ほどだ。これは人類が生きてきた年月にほぼ相当する。」

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そろそろ人類も…。
posted by Fukutake at 08:09| 日記