2017年11月16日

何をあくせく

「徒然草」イラスト古典全訳 橋本 武 日栄社 平成1年

第三十八段より 52p〜

 「…不朽の名声を末長く後世に残すというのは、誰にとっても望ましいことと考えられるであろう。しかしながら、高位高官であるというだけですぐれた人とは言えまい。なぜなら、愚かで何のとりえもない人でも、家柄の高いところに生まれ、時運に乗ずれば高位にのぼり、贅沢三昧に明け暮れるものもある。それとは逆に、文句なしにすぐれた賢人・聖人でも、みずから低い地位に甘んじており、時運に恵まれないままに生涯を終えてしまう例もまた多い。だから、ただいちずに高位高官を望むのも、物欲を望むのに次いで馬鹿げている。
 高位高官は不可としても、頭脳と人格とについては一世に卓絶しているという名誉も残したいものであるが、よくよく考えてみれば、名誉を愛するのは結局は人の評判を喜ぶにすぎないことである。誉める人もそしる人もいずれもこの世にとどまるものではなく、それを伝え聞く人だって、これまた同様にたちまちこの世から姿を消すであろう。こんなわけだから、誰に気がねすることもないし、誰に知ってもらいたいと願う必要もない。それに、名誉はまた非難を生み出すもとである。だから、死後の名誉が残ってみたところで何の利益もない。ゆえに、これを得ようと願うのも、高位高官を望むのに次いで馬鹿げている。」

原文
 「…埋もれぬ名を長き世に残さんこそ、あらまほしかるべけれ、位高く、やんごとなきをしも、すぐれたる人とやはいふべき。愚かにつたなき人も、家に生まれ、時に逢へば、高き位に昇り、奢(おごり)を極むるもあり。いみじかりし賢人・聖人、みづから賤しき位に居り、時に逢はずしてやみぬる。また、多し。偏に高き官(つかさ)・位を望むも、次に愚かなり。
 智恵と心とこそ、世にすぐれたる誉も残さまほしきを、つらつら思へば、誉を愛するは、人の聞きをよろこぶなり。誉むる人、そしる人、共に世に止まらず。伝え聞かん人、またすみやかに去るべし。誰にか知られん事を願はん。誉はまたそしりの本なり。身の後の名、残りて、さらに益なし。これを願ふも、次に愚かなり。」
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posted by Fukutake at 08:43| 日記