2017年07月19日

天皇機関説事件(2)

「なぜ日本は変われないのか」日本型民主主義の構造 山本七平 (その2)
さくら舎 2011年

 「美濃部氏はいう。『凡そいかなる学問にも学問を専攻する者の学説を批判し、その当否を論ずるのは、批判者自身が、その学問について、相当の造脂を持っており、相当の批判力を具えている』ことが前提で、その前提を欠いた批判はいっさい問題にならぬ」

 だが、問題は、そこにはなかったのである。氏の論理と体系が、それ自体としては批判の余地なく完結しているということは、その体系と日本の伝統的価値観との間に齟齬がないということではない。
 非常に早急に進められた「外見的西欧化」は、それ自体で完結した輸入の論理体系はつくり得ても、それは民衆の伝統的常識とは乖離した体系に過ぎなくなる。
 「国家は法人、天皇はその法人の一切の権利を総覧する代表権を持つ機関」と規定されても「法人」という抽象的概念を実態となし得る伝統のない社会では、その規定自体が実は「宙に浮いてしまう」のである。
… 従って「機関説排撃派」のいっていることは、常に、ひとことでいえば。「自分の考えていた日本というものは、そんなものではない」という「実感」の表明だけになる。
 だが、この実感を一つの「理論」として、体系立てて美濃部氏に論争を挑む能力はない。従って議論をすれば、はじめから問題にならないのだが、相手のいっている完璧な論理には納得はできないし、前期の「実感」も去らないという、非常に困った状態になってしまうのである。

 一方、美濃部氏はひとことでいえば、「自分を批判する者は、理解力なき者。『法』に対して無知なるもの」という態度になる。
 それも確かに否定し得ぬ事実なのだが、それが民衆には官憲主義の象徴のように見えて、一種の強い感情的反発を誘発する。

中でも選挙に敏感な衆議院の代議士は、その感情的反発の側に立とうとするから、衆議院が過激になり、ついに全会一致で機関説排撃に立つ。

結局、美濃部氏は全く意味の通らない難くせをつけられて排撃されたことになる。

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天皇機関説事件の背景が良くわかりました。
posted by Fukutake at 09:26| 日記