2023年04月30日

言ったもんがち

「決闘裁判ーヨーロッパ法精神の原風景ー 山内 進 講談社現代新書 2000年

シンプソン裁判における当事者主義 p236〜

 「当事者の攻撃・防御に空間としての裁判は、『取引の社会*』でも多数紹介されているが、近年、その例を凌駕するような事例が出現した。 シンプソン裁判である。
 アメリカンフットボールのスーパースター、黒人のO.J.シンプソンが、離婚した白人の妻ニコルとその男友だちゴールドマンを殺害した容疑で逮捕されたのは、一九九四年六月一七日のことであった。シンプソンは同日の警察の出頭命令に従わず、車で逃走した。 この逃走の様子をテレビが中継した。 結局、シンプソンは逮捕されたが、この劇的な逮捕騒動は、人々の関心をいやがうえにも高めることになった。

 シンプソンのこの逃亡劇は、彼の有罪を強く推定させるものだった。 さらに、殺害現場から血まみれの手袋が発見され、DNA鑑定の結果、シンプソンと被害者二人の血であることが証明された。
 だが、シンプソンはひるまなかった。莫大な弁護費用を準備して、「ドリーム・チーム」を自称した、黒人弁護士コクランを主任とする優秀な弁護団を結成した。
 状況は不利でも、「ドリーム・チーム」のおかげでシンプソンが裁判に勝つチャンスはあった。 人々の関心はますます高まっていった。 

 話題性という点では「ロス市警の人種差別主義と無能力など、アメリカ社会の持つホットな争点を網羅」していた。 さらに被告人が「真っ向から容疑を否定するという対決の面白さ、謎解きの興味深さもある。 それでいて、結局陪審員の世界観、人生観で裁判の帰趨が決まる可能性があるという、まれに見る政治的、社会的、文化的一大ページェントの様相を呈していた」(『世紀の評決』)

 このようなページェントを可能にしたのが、アメリカ型当事者主義であった。 それは、シンプソンの司法取引をも含む、検察側と弁護側の虚虚実実の駆け引き、当事者による証拠の提出、正面からの論争、陪審員への印象をよくするためのレトリックやしぐさ、演技など、まさにドラマを生みだす源であった。そして勝ったのは「ドリーム・チーム」だった。

 一九九五年十月三日、ロサンゼルス郡上級裁判所で、陪審員は「無罪」の評決を出し、裁判長がそれを読み上げた。 もし有罪の評決が出ていれば、黒人暴動が起きていたかもしれない。 弁護側は、争点を巧みに捜査陣の人種差別とそれに起因する証拠の捏造という論点へと向けることに成功していた。

 我々であれば、事件の真相を知りたいと考える。 だが、アメリカでは、「真実」は裁判におけるもっとも重要な要素ではない。 もっとも重要なのは、裁判の当事者がフェアに戦い、勝敗に自ら積極的に関与することである。 検察官・弁護側も全力で戦い、陪審員はそのすべてを見た。 そして評決した。
 その判決は、真実からかけ離れていたかもしれない。 だが、あえていえば、アメリカではフェアな裁判で出された結論こそ「真実」にほかならない。それが裁判上の「真実」である。」

『取引の社会*』 ーアメリカの刑事司法ー(佐藤欣子著、中公新書 1974)
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posted by Fukutake at 07:14| 日記

奇跡の日本

「日出づる国と日暮るる処」 宮ア市定 中公文庫 1997年

中国の開国と日本 p189〜

 「中国的体制は元来無理なものであったので、強いてこれを維持せんとすれば勢い鎖国的になり、その結果は、外国の文明に対して攘夷的排外的となり、当然採用すべきものを拒否せねばならなくなった。 このために中国はどれ程損をして来たか知れない。 これに対して日本的体制は、外国に向って開国を慫慂すると同時に、自分自身においても飽くまで開放的であった。 外国の文明についても、その採るべきものは遠慮なく受容し、採るべからざるものを拒否して来た。 そして外国より受け容れたる要素は直ちに日本化して、日本的体制を強化し発展せしむるに益があった。 われわれはかかる観点に立って改めて日本的体制の長所を認識し直さねばならぬ。

 世人は兎もすればこの点について屢々大なる誤解を犯しているようである。 日本は過去において中国の文明を採り入れた。 インドの文明を採り入れた。 或いはペルシア、アラビアの文明をも採り入れた。 そして近代においては西洋の文明を採り入れた。 各地域の文明を採り入れ得たことが日本的体制の長所であって、これによって日本的体制が益々強化したのである。 試みに思え、日本が漢字を用いている間は中国に頭が上がらぬというならば、算用数字を使っている間はアラビア人に頭が上がらぬか。 日本が仏教を信仰している間はいつ迄もインドの下風に立たねばならぬか。 世界のあらゆる地方の文明が一堂に集まって、それが日本的体制の中に適当な地位を認められて安住しいていることは、日本の誇りとこそなれ、決して日本の恥辱ではない。 

 近時、過度な外国語の使用が排斥される傾向にあるが、それは飽くまでも国語の淳化という観点より為されるべきである。 正倉院の御物を拝観した者は、何人もその中に異国的事物の色彩著しく濃厚なるを感ずるであろう。 そこには南洋の香料あり、ペルシアの水差しあり、唐風の銅鏡がある。 此等が日本に存在し、日本において所を得ていることが有難いのである。 それが万葉人の精神に通ずるものであり、日本的体制の精華でもある。 更に強く言えば、日本的体制あって始めてこれをよく受容し、且つこれを保存し得ところなのである。

 東亜の諸国が時には旧中国的体制い対して反抗しつつも、結局はその中に巻き込まれたる中に、日本のみがその外に立って、独特の日本的体制を維持し、絶えず中国的体制に向って反省を求め来たったことは、史上に特筆すべき事実である。 東洋諸国が欧米の侵迫に遇い、或いはその征服を受け、或いはその半植民地と化する間に、日本のみは対応の手段を講ずるに過たず、聴くべきは聴き、斥くべきは斥け、大局において向こうところを誤らなかった。 そしてこの間に日本的体制は愈々その基礎を鞏固なるを加えた。」

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posted by Fukutake at 07:11| 日記

2023年04月29日

過去は永遠

「<生きる意味>を求めて」 V.E.フランクル 春秋社 1999年

人生で成し遂げてきたこと p173〜

 「(末期癌を患っていた患者(女性)との録音記録から)
 フランクル あなたの人生を振り返ってみて、どうですか。 人生は生きるに値するものでしたか。
 患者 そうですね、先生。 私は良い人生を過ごしてきた、と言っていいと思います。 人生はすばらしいものでした、本当に。 人生が私に与えてくれたものについて、神に感謝しています。 劇場に行ったり、コンサートに行ったりしました。
 フランクル あなたはご自分のすばらしかった経験について語っておられますが、それらの経験もすべて終わってしまうのですね。
 患者 (考え込んで) ええ、すべてが終わります…
 フランクル では、あなたの人生のすばらしかったことはすべて滅びてしまうとお考えですか。
 患者 (さらに考え込んで)すべてのすばらしかったこと…。
 フランクル いかがでしょう。 あなたがこれまでに経験してきた幸せを、誰かが打ち壊してしまうことはできますか。 誰かが消し去ってしまえますか。
 患者 いいえ、先生。 誰も消し去ることなどできません!
 フランクル あなたが人生で出会った良いことを、誰かが消し去ってしまえますか。
 患者(次第に感情的になって) 誰もそれを消し去ることなどできません!
 フランクル あなたが努力して得たもの、果たしてきたこと…
 患者 誰も消し去ることなどできません!
 フランクル あなたが勇敢に、そして誠実に悩んだことを、誰かがこの世から取り除くことはできますか。 あなたはそれを過去にいわば蓄えているのですが、それを過去から取り除くことはできますか。
 患者 (感動して涙を流しながら) 誰もそれを取り除くことはできません!… 確かに私はとても悩みました。 でも勇気を持って、しっかりと、耐えなければならないことに耐えていこうとしたのです。 先生、私は自分の苦しみを罰だと思っています。 私は神を信じているのです。
 フランクル しかし苦悩は、時には挑戦的なものなのではないでしょうか。 神は、あなたがそれにどのように耐えているのかを見たがっているとは考えられないでしょうか。 神はおそらく「そうだ、彼女はとても勇敢にやってのけた」と認めるに違いありません。 さあ、どうですか。 そのような努力や達成を、誰かがこの世から取り除いてしまうことはできるでしょうか。
 患者 確かに。 誰もそんなことはできません!
 フランクル それは残り続けるのではありませんか。
 患者 そうです。 残り続けます。
 フランクル 人生において大切なのは、何かを成し遂げることです。 そしてそれは、まさにあなたが行ってきたことなのです。 あなたは自分の苦しみにもかかわらず、ベストを尽くしてきました。 あなたは自分の苦しみを引き受けて、私たちの患者の模範になったのです。 私は、あなたが成し遂げたことを祝福します。 私はまた、あなたという模範を見ることができたほかの患者さんたちのことも祝福します。
 患者 フランクル先生、あなたが話して下さったことは慰めになります。 私を楽にしてくれます。 このようなことを聞く機会は本当に初めてのことです。

一週間後、彼女は亡くなった。しかし、人生の最後の一週間、彼女はもはや絶望しておらず、確信と誇りに満ちていた。」

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どんな人生にも意味がある。
 

posted by Fukutake at 06:36| 日記