2023年01月27日

漱石英語

「辞書はジョイスフル」 柳瀬尚紀 著 新潮文庫 平成八年

漱石の英語 p185〜

 「吉田健一という、とてつもなく英語のできた人は、夏目漱石の英語力を認めていない。
 吉田健一に『東西文学論』という名著がある。 もっともこの人には名著しかない。 それにおさめられている「夏目漱石の英國留学」のなかで、吉田健一は、漱石がロバート・ヘリック(十七世紀のイギリス詩人)の詩を読むには「完全な音感に缺けて」いると断じている。 漱石先生も形無しだ。

 あるいはさらに、マシュー・アーノルド(十九世紀のイギリス詩人の「ドヴァー海岸」というかなり有名な詩も、吉田健一によれば、漱石先生はてんでわかっていないという。 その詩に出てくる「grating roar(軋るような轟音)」という言葉について、漱石は「騒がしき字面(じづら)なり」と述べ、「周圍の狀況に調和なき此(この)二字は其(その)調和なき點に於いて大いに効力を有する」と、さすがに文豪らしい解釈を示す。 ところが吉田健一は、それをこう批判する。 吉田健一の文章を初めて読む読者は、文章の呼吸にいきなりなじめないかもしれないが、あえて旧字・旧かなづかいで引く。

 『これは全くこの言葉を眼だけで讀み、その意味に氣を取られるてゐから騒がしいと感じるのであつて、實際はこの言葉の頭韻*を踏んだ音がそれまでの詩句と一體をなし、後に出て来る「哀痛の音」への轉機となるのに丁度いい程度に、字引でこの言葉に與へられてゐる意味を和げてゐるのである。 そしてここで強調して置かねばならないのは、かういうことが英國の文學をよく知ってゐるものでなければ解らないことなのではなくて、その知識の初歩、或は基礎をなすものであるといふことであつて、獨創や獨断を試みるのはそれから先のことなのである。』

 本書は辞書についての本であり、文学についての本ではないのに、これを引用したのは、とくに「… 丁度いい程度に、字引でこの言葉に與へられてゐる意味を和げてゐる」というところに、それこそ注意を払ってほしいからだ。 注意を喚起したい、というより換気したいわけである。
 本書を書き進めながらずっと思っていて、しかしまだ語っていないことがある。
 筆者は、とにかく辞書を読んでもらいたいからこそ、こうして書いている。 辞書の面白さを伝えたいからこそ、こうして書いている。 誤解しないでいただきたいが、筆者はけっして、狂信的な、あるいは狭心的な辞書信者になりましょうなどとは、いっていないのだ。
 言葉は辞書のなかにあるかぎり、言葉を聞いたり読んだりするということは、言葉を辞書のなかへ連れ戻す、あるいは言葉を辞書に従属させるというようなことではないのである。

 字統(平凡社)の白川静も『漢字百話』(中公新書)のなかで述べている。
「漢字は機械的に教えられるものではない。 覚えるものであり、悟るものである。 ことばは文章になかに、作品のなかにある。」」

頭韻*(法)密接に関連した音節が同じ音の子音または文字で始まるものを指す
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posted by Fukutake at 07:23| 日記

芸術品を愛する

「小林秀雄全集 第七巻」− 歴史と文學− 新潮社版 平成十三年

傳統 p247〜

 「志賀直哉氏が、昭和三年の創作集の序言に次の様な文句を書いてゐます。
「夢殿の救世觀音を見てゐると、その作者といふやうな事は全く浮かんで来ない。それは作者といふものからそれが完全に遊離した存在となつてゐるからで、これは又格別な事である。文藝の上で若し私にそんな仕事でも出来ることがあつたら、私は勿論それに自分の名などを冠せようとは思はないだらう」

 これは、言ふまでもなく、志賀氏が、夢殿の救世觀音を見て感じた、恐らく強いある單一な感じを、極めて率直に語つた言葉なのでして、これを讀む僕等の心には、この單一な感じは、はつきりと傳はります。これが傳統といふものの感じなのであります。傳統が見付かつたといふ感じなのであります。傳統についてお話ししようとして、何故、傳統の感じなどといふ事を言ふかといふと、傳統といふものは、結局僕等が感得する他はないものだと信じてゐるからです。傳統といふ概念は、まことに曖昧なものであり、これを正確に合點しようとしていろいろ論じてみたりしても、それはさういふ事であつて、決して伝統に推参する道ではない、さういふ風に考へてゐるからであります。(中略)

 救世觀音をみてゐると、その作者といふ様な事は全く浮んで来ない、と志賀氏が言ひます。何故だらうか。そんな疑問も全く志賀氏の心には浮んで来ない、そして苦もなくかう言ひ切るのです。それは、この作品が作者といふ様なものから全く遊離した存在となつてゐるからである、と。いかにも單純な考へ方である、といふのは易しい、併し、或る立派な藝術家が、ある過去の立派な藝術品を鑑賞するに際して、たしかにこれだけの言葉しか必要としてゐないのだといふ事を、ほんたうに合點しようとすると、なかなかこれは易しくないのであります。

 勿論、救世觀音の作者はあつたし、作者が生活してゐた時代といふものもあつた。そしてさういふものを調査して、さういふものに關する知識を豐富にし、どういふ風にしてかういふ作が出来上つたかを知る事が、救世観音といふ作品を一層はつきりと理解する所以である、さういふ考へは、現代人の常識となつてをります。藝術作品が時代や環境の産物である以上、藝術作品の意味も美しさも、要するに、これらのものの作用した結果なのであるから、さういふ考へ方に、何も間違つた處があるわけではないが、さういふ考へ方から、志賀氏の言葉をいかにも子供らしい氣まぐれな言葉と解するのは、非常な間違ひであります。立つてゐる場所が全く違ふのだ、前者は、飽くまで藝術品を觀察し研究する立場から考へるのだが、後者は、藝術品を愛し創り出す立場から考へてゐるのです。」

(初出)「新文學論全集」、昭和十六年六月

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posted by Fukutake at 07:19| 日記