2023年01月07日

言語と意識

「ガクモンの壁」 養老孟司 日経ビジネス人文庫 2003年

脳に心を見る  養老孟司x百瀬敏光* p209〜

 「養老孟司 脳の研究というのは、個人的には今も博物学と読んだ方がいいんじゃないかと思っています。 個々の例を集積していくという段階から始まって、後で特定のパラダイムによって位置づけていく。 先生の研究も今のところ、まだいろいろな画像を集めている段階ということですね。

百瀬敏光 学問的レベルにしても、多分そういう段階にあるんだろうと思います。

養老 そういう研究で、民族によって脳の働きぐあいが違うとかというデータが出ると面白いですね。

百瀬 わりと最近出たのが、民族ではなく男女差です。 数学の問題を解かせたときに男と女で脳のエネルギーの使い方が違うとか。 要するに、エネルギー消費が女性のほうが多いというデータです。 以前、ちょっと話題になって、男女差別だとかいう議論がありました。 ただ、それはひとつのデータで、その解釈をめぐってはいろいろなことがあるんです。

養老 非常に単純に考えれば、少なくとも女の方が血のめぐりがいいということになる。

百瀬 民族の違いについての研究は、まだこれからですね。 今、いろいろな言葉の研究が少しずつ…。 タイ語と英語と日本語で、それぞれストーリーを聞かせて、脳のどういうところが活性化してくるかというようなデータをとりあえず蓄積しています。 それぞれの国民の脳がどういうところで言語処理をしているかを調べるわけです。

 養老 言語処理に関して言えば、表意文字、表音文字がありますが、実験によってはうまくできないものもある。 例えばアルファベットを一個ずつ提示することはできるけれども、漢字の場合はできません。 「へん」だけとか「つくり」だけとか…。

百瀬 いろいろな言語障害の患者さんを見ていると、漢字だけやられて仮名の言語機能は残るというケースがあります。 またその逆もある。 実際に仮名を読んでいるときと漢字を読んでいるときとで脳の活性化がどう違うかということを調べると、漢字の場合、活性化する範囲は仮名を読んでいるときよりも非常に狭いですね。 どういう理由なのかいろいろ考えてみたんですが、多分、仮名を読んだときは、いろいろな意味を想像し得るのに対し、漢字のときは一つに決められてしまう。 そういうことが関係しているのではないかと思います。

 養老 漢字のほうが狭いというのは、使った漢字で違うという可能性がある。 つまり、「重」という字を見せたら随分違ってくる。 重い、重ねる、重大とか。 しかし「屋根」は屋根としか読めない。

百瀬 選んだのは、小学校の六年生までに習う漢字の中で、使われる頻度の高い言葉です。

養老 漢字の当て字でも、音で当てたものと意味だけで当てたものがありますが、そういうものを使ってうまい実験を組むと、日本語の体系の中でどう使い方が違っているかということがわかると思うんです。 あるいは日本語というのは、脳のシステムに意外ときちんと合っていて、同じ処理で全部いっているとか、といったことがわかると面白いんですけどね。」

百瀬敏光* 東京大学医学部助教授。脳の機能メカニズムを探求する神経科学者

-----
posted by Fukutake at 08:55| 日記

鳥語の文法

「言葉を持つ鳥、シジュウカラ」 鈴木俊貴*  学士会「NU7」2023.1 No.45 掲載 「関西茶話会」での講演から抜粋(2022.7.9(土))

 「16年以上前から、私は年間6〜8ヶ月を軽井沢の森で過ごしています。 シジュウカラは春夏に子育てをし、秋冬に成長して群を作るので、各時期に彼らがどんな鳴き声で会話しているのか、調査しています。
 私は幼い頃から虫や鳥や動物の観察が好きで、「将来は動物学者になりたい」と思っていました。 大学2年の冬、長野の森でシジュウカラが状況に応じて鳴き声を使い分けていることに気づき、「彼らは会話しているのではないか?」と疑問を抱きました。 それがこの大きなテーマに出会うきっかけでした。

 2005年、私は研究をはじめました。動物の言葉を解明した研究者はいないので、方法から作っていかねばならず、大変でした。 2011年論文を発表しました。「シジュウカラはヘビやタカを示す鳴き声(単語)を持つ」という内容です。 2016年には「シジュウカラは単語を組み合わせて文章を作る能力(文法)がある」と報告しました。

 文法能力とは、言語学者は「初めて聞く文章でも、文法に則れば、正しく理解できる」能力と定義します。
 鳴き声の組み合わせに文法があるのなら、文法にさえ則っていれば、シジュウカラは初めて聞く組み合わせでも意味を理解するはずです。 ただ、これを証明するには、私が大量に持つシジュウカラに鳴き声の録音にはない組み合わせを作り、シジュウカラに聞かせる必要がありました。

 また、シジュウカラは、コガラなどの他の鳥と群を作ることがあります(混群)。混群すれば群が大きくなり、天敵から攻撃されても自分が傷つく確率は減ります。
 観察を続けているうち、両者は鳴き声が全く違うのに、互いに学習して理解し合っていることが分かってきました。 そこで、コガラ語で「集まれ」を意味するディーディーという鳴き声に注目し、シジュウカラの文法に則って、ピーッピ・ヂヂヂヂを、ピーッピ・ディーディーと言い換えてみました。これをシジュウカラに聞かせると、多くが首を振り、スピーカーに接近しました。しかし、ディーディー・ピーッピという語順を逆にして声を聞かせるとスピーカーに接近する個体は激減しました。
 つまり、シジュウカラは文法に則って意味を理解していたのです。

 シジュウカラとコガラの混群の場合、体の大きいシジュウカラが餌台を独占すると、体の小さいコガラは餌を食べられません。 するとコガラはタカがいないのに、ヒヒヒヒ(タカだ!)と嘘鳴きしてシジュウカラを追い払い、餌にありつきます。 

 動物の鳴き声は反射で無意識的と思われてきましたが、動物にも騙す意図など、豊かな思考があるのです。」

鈴木俊貴* 京都大学白眉センター特定助教

-----
posted by Fukutake at 08:51| 日記