2022年12月21日

たかがお金、されど

「死ぬことが怖くなくなる たったひとつの方法 ー「あの世」をめぐる対話」 矢作直樹 x 坂本政道 徳間書房 2012年

拝金主義の罠(矢作) p112〜

 「戦後、日本は拝金主義という名の大波に襲われました。
 お金を持っている奴が偉い、お金があれば何でもできる、お金がある人生がいい人生、と世の大人が声を出して言えば、当然ながら子供たちにはその考え方が脳に刷り込まれます。
 次の社会を担わなければならない子供たちは、社会に出る前からそういう考え方に取り込まれるわけです。

 現在の世界では生きる上で最低限のお金が必要なことは事実です。
 しかしながら必要以上の贅沢を望み、欲望の果てまで走ろうとする、つまりどこまでもお金を求めようとする貪欲なスタンスは、必ず破綻します。お金、お金と、お金のために生きる人生へと変質してしまうからです。 そういう人は自分の周囲を「お金のあるなし」で判断する人です。

 これからはみんな、自分の現状を定期的に見直す必要があるでしょう。
物質で肥大化した生活、お金にとらわれた生活を見直すことは、「身の丈に合った生活」を営む最初の一歩です。
 身の丈に合った暮らしは快適です。
私は物も家もありません。 一応、大学が用意してくれた部屋があるのですが、仕事が仕事なもので、部屋には何もありません。 ほとんど毎日、大学病院で暮らしています。 しかし何の不自由も感じません。 十分、幸福です。 もともと、あまり物欲もないし、お金や物への執着もありません。

 だからと言うわけではありませんが、例えば度の過ぎた投資なんていう考え方は、そもそも日本的ではないと感じます。 金融市場でもその時々で話題となる、実態より遥かに大きなお金を動かすデリバティブ(金融派生商品)やFX(外国為替証拠金取引)とか、ああいうものはまったく理解できません。

ああいう商品には元金の数倍、数十倍のレバレッジがかかる仕組みになっています。 そこに人間の欲望を果てしなく肥大化させる側面があります。 こうなるとギャンブル依存症と同じです。 パチンコや競馬から離れられない精神状態とまったく同じです。しかも市場の失敗というか巨大なツケを、政府というか国民の血税が肩代わりすることになるわけですから、そういう意味で最悪です。

 それらは物々交換ではあり得ないようなレベルにまで到達しました。そもそもお金は「交換価値の基準」であり、価値そのものではなかったはずです。
現代人の多くは、そもそも価値とは何なのかを忘れてしまったのだと思います。」

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posted by Fukutake at 09:26| 日記

されどアクセント

「人間集団における 人望の研究」 山本七平 祥伝社 昭和58年

 学歴、能力を超えた評価基準 ー 人望 p14〜

 「「ダメだなあ、あの男は人望がないから」
 日本社会では、この一言でその人の前途は断たれる。 その人がいかに有能であってもダメ、そしてこの言葉には反論の余地がない。

 「人望」「人徳」がそれほど絶対的な言葉なのに、さてその正体となると明らかではないのは、不思議である。 そこでその正体を追究するのが本書の目的だが、それは追い追い行うとして、まず、「なぜ、わが国では”人望”という言葉が、これほど絶対化するのか」を考えてみよう。
 いずれの国にも「人望」という概念はあるであろうが、それは必ずしもその人を評価する絶対的基準ではない。 たとえば、次のような話がある。

 日本の、ある新聞記者が西欧民主主義の本家のように言われる国に行った。 彼はその国の実情を知ろうと、さまざまな人と心おきなく話すことにしていたが、その中に駐車場係の人物がいた。 彼はよくこの人物と一緒にお茶を飲んでいたが、ある日、その国の新聞記者から注意された。 「ああいう駐車場の”番人”とお茶など飲まないほうがいい、そんなことをすると同じ階級の出身とまちがわれるから」と。 相手は親切のつもりなのであろうが、この新聞記者は逆に驚いた。
「ヘエー。 これが民主主義の本家なのか」と。

 こういう国では、その番人がいかに「人徳」があり、いかに「人望を得る」能力があってもダメである。 そしてその社会では、その人を拒否する言葉は「ダメだな、あの男は下層階級の出身だから」であろう。
 また、私に友人にオックスフォード大学出身の、日本の大学の教授がいる。 彼は日本に長く滞在し、日本語はペラペラで、読み書きも自由、日本人相手に日本語で講演するが、録音テープを聞いて、イギリス人だと思う人はいない。 私などから見ると、学歴、能力、人柄すべて満点なので、ある日、雑談のとき次のように言った。

「あなたは日本におられるより、帰国してイギリスの外務省に入り、日本問題を担当されたらどうですか。 そのほうがイギリスのためにも、日本のためにもなると思いますが…」
 そのとき、実に意外な返事がかえってきた。 「ダメです。 私は上流階級のアクセントが使えませんから…」 「ヘエー」、私は驚いて絶句した。
 「だから、イギリスはうまくいかないのです」と彼は言った。 彼がいかに優秀で能力があり、いかに人望を得られる人柄でも「ダメだな、あの男は上流階級のアクセントが使えないから」で、その人の前途は断たれる。 おそらくこの国では、「アクセントなんてどうでもいいじゃないですか」は通らないのである。

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posted by Fukutake at 09:22| 日記