2022年12月03日

政府の責任、国民の覚悟

「田中美知太郎全集 15」 筑摩書房 昭和六十三年

乗っ取り事件 p213〜

 「ドイツのルフトハンザ機の乗っ取り事件について、ドイツの社民党政府がとった断乎たる処置、それは多分に賭の要素をもつものであったが、それの成功は全世界の称賛をあびている。 これに対して日本の保守党政府が取った処置は、いろいろな事情を考えると、やはり万やむを得なかった処置として同情されなければならないところもあるが、しかしあまりカッコのいいものではなかったことはたしかである。 しかしこれは政府だけの責任ではなくて、政府をバックアップする国民の意識、あるいはいわゆる世論の方に、もっと多くの責任があると言わなければならないだろう。

 ドイツ政府は報道を統制し、勇敢な特殊部隊を送ったのであるが、わが国は急ぎ大がかりな報道部隊を出動させて、時々刻々にニュースを流し、留守宅のインタビュー場面などを放映するだけであった。 いったいニュースを追いかけるだけで、ニュースの先を行くことのできない人間に何が出来るというのか。 わが国では事があると、こういう人間ばかりが前面に出て来て、後は何も見られないようなことになってしまう。 冒険小説で言うと。いわゆる危機一髪の窮地に立たされて、主人公が冷静に大胆に行動をしなければならないとき、いっしょにいる女性が聞きわけもなく、だだをこねて泣いたりして主人公をてこずらせるような場面にぶつかることがあるが、NHKをはじめとする報道機関は、いわゆる職業意識だけで行動して、少しも自制がきかなくなっているから、言わばこのわがままな女と同じような手足まといとなっているのであり、もっとはっきりと言えば、ゲリラの共犯者、しかも強力な共犯者となっているのである。 「よど号」の事件しかり、安田講堂の事件しかり、また浅間山荘の事件しかりである。 国民はこれによって単なる見物人、やじ馬とならざるを得ないようなところに追いやられてしまうのである。

 わが国の政府はこのような事情に押されて、国民からも孤立した形で、凶悪犯人を釈放し、多額の身代金をわれわれの税金から支払うようなことを余儀なくされたわけである。

 戦後三十年われわれは道徳のすべてを、何か戦前的なもの、軍国主義や戦争につながるものとして廃棄してしまったので、もし何か道徳原則らしいものを探すとすると、通俗小説的な恋愛至上主義とこの「生命尊重」くらいしか見当たらないようである。 政府声明がさっそくこの御題目に飛びついたのは、別に異とするに足りないだろう。 しかしわが国で一般に考えられている意味は、どうもそう崇高なものではなさそうである。 これは生命を羽毛のように軽いものとした戦中の道徳をそのまま裏返しただけのものであって、今度は声明が地球よりも重いということになったのである。 しかし生命の尊重とは何のことなのか。 言うまでもなく、われわれは自分の生命に関する限り、ひとから生命尊重などと教えられなくても、これに固執する本能のようなものをもっている。 だから命をたすけてもらうために、時には哀訴嘆願どんなことでもするかも知れない。 しかしそのような行為が崇高な道徳的行為であるとは思わないであろう。」

(文藝春秋 昭和五十二年12月号 巻頭言)
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カッコ悪い
posted by Fukutake at 08:55| 日記

革命原理

「日本的革命の哲学」 山本七平 PHP 昭和五十七年

文化的秩序崩壊への恐怖心 p95〜

 「泰時も部下の御家人たちも、天皇に弓を引くことに一種の恐怖を感じていた。 泰時が展開した「無条件降伏論」は一面ではその恐怖心を表わし、一面では、「ぎりぎりのところ」まで追いつめられない限り、武士団は、この恐怖心を克服して決起できないであろうという計算があったであろう。 この点では、義時も基本的には同じであり、泰時を十八騎とともに先発させたのも、否応なく武士団を決起させるためであったろう。 ぐずぐずしていれば必ず「恐怖心」が起り、遅疑逡巡が起ってくる。 従って義時・泰時の違いは「方法論」の違いだけだといいうる。 ではこの「恐怖心」は全く理由なき迷信であったのであろうか。 では現代の日本人はどうであろうか。 「天皇を討つ」といえば何らかの遅疑逡巡を感じないであろうか。 いまは言論は自由である。 ではこの言葉を堂々と宣言できる者がいるのであろうか。 いないとすれば、泰時と同じような「迷信」に基づく恐怖心を抱いているのであろうか。

 一体この「恐怖」は何であろうか。 それは文化的秩序が崩壊することへの恐怖であり、その秩序を支えている規範が崩壊すれば、自分らの安全も保証されないことを本能的に察知していることへの恐怖心なのである。 このことを最も端的に示しているのがカンボジアであろう。 仏教文化という秩序の中で、仏像を破壊し、寺院の壁に公衆便所にあるような落書きをし、僧侶を大量に処刑するということになれば、一般民衆が虫けらのように殺されるか家畜同然に使役され、動けなくなれば屠殺されても不思議ではない。 このことは連合赤軍のリンチにも言いうる。 法の外にあっても伝統的な文化規範があれば少なくとも伝統的秩序はあり得るが、それさえ喪失すれば一女性のヒステリーが次々人を殺しうる。 いわば「国法」なき状態でも存立しうる伝統的文化的規範がすでにそこにはないのである。 この恐怖を人びとは何となく感じている。 そしてこの危険は、確かに泰時のときにもあった。 ”平安朝帝国”とは元来武力なき政権であり、常備軍はない。 それは決して「軍事政権」でなく、「非武装化権力」とも言うべきものが支配する不思議な帝国である。 それを支配しているのは「仏身」である象徴天皇と叡山の”統治神学” であり、それを秩序立てているのは「伝統的文化的権威」とでも言うべきものをもつ「非武装・長期政権」である。 これを武力で破壊すれば、破壊した政権は極めて危険な位置に立たされる。 というのは義時・泰時にそれが許されるなら、義時・泰時を倒すこともまた許されるはずであり、それを否定する伝統的根拠は自らの手で破壊すれば、一切の規範が全くないといったアノミーを現出するからである。 いわば自らもそれによって生存している伝統的文化的秩序を自ら破壊するのだから、それに対する恐怖心があることは当然といってよく、これは昔も今も変わりはない。

 従って、泰時にとって必要なことは、天皇でもなく、幕府でもなく、それらの体制の外にある「現実の利害に関係なき何か」を絶対化し、それに基づいて秩序を立てることであった。 といってもこの「何か」は、日本の伝統を基本としながら現実の体制に無関係の何かでなければならない。 そして彼が明恵上人から得たものはその「何か」であった。」

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posted by Fukutake at 08:49| 日記