2022年10月21日

大いなるものへ頼れ

「もがいたらいけん!」 植田敬(65) 広島市
産経新聞「朝晴れエッセー」(2022.10.19 朝刊) より


 「このところ、人生をもがいていた。 なかなか心が穏やかにならない。
すると、浮かんできたのが、熊本の祖父の言葉だった。
「もがいたらいけん!」 
私の小学生の頃、水泳があまり上手ではなかった。 それをわかっていた祖父がこう言った。
「水中で、もがいたら溺れるぞ。 わかっとるか。 だけん、じっとしとけ。 そうすると、浮かんでくる」。
なるほどと思って、実際にやってみると、そうなった。 水中では、もがいたらいけないことを知った。

 現在、身体の状態がよくないため、何かあせって、どうすればいいかを考えたり、本を読んだりしているが、どうも心の状態がよくならない。 そんなとき、思い出したのが、この祖父の言葉だった。

 苦しくて仕方のないときは、しばし歩みを止めよ。 もがく者は溺れ、じっとしている者は、浮かんでくる。 こう解釈するようになった。

 時々祖父は仏壇の前に座り、こう言っていた。
「知恵が尽きたなら、大いなる力に任せるとよか」。
大いなる力というのは、神仏のことだと今はわかる。 確かに自分は、困ったことがあればあせって、神仏などは考えずにやってきた。 
 しかし、今の病を少しでも治そうと思えば、「大いなる力」に委ねることが必要だと考えている。

 祖父は言うだろう。
「その通りたい。 今こそ、もがいたらいけん!」

-----
あきらめの境地となり、神仏に任せよう。
posted by Fukutake at 07:54| 日記

徒然草 97、120、124

「徒然草」

第九十七段

 「その物に取り付いてその物を疲弊させ損傷させるもの、すなわち、獅子身中の虫たるものは無数にある。見に虱(シラミ)があり、家に鼠があり、国に賊があり、小人に財宝があり、君子に仁義があり、僧に仏法がある。

 (原文)
 その物に付きて、その物をつひやし損ふ物。数を知らずあり、身に虱あり。家に鼠あり。国に賊あり。小人に財あり。君子に仁義あり。僧に法あり。」



第百二十四段

 「是法法師は浄土宗の中でも誰にもひけ目を感じないだけの人物であるのに、自分が学者であることを表立てず、ただひたすらに明けても暮れても念仏を唱えて、心安らかに生活いてる有様は、実に理想的だと思われる。

 (原文)
 是法法師は、浄土宗に恥ぢずといへども、学匠を立てず、ただ明暮念仏して、安らかに世を過(すぐ)す有様、いとあらまほし。」

----
posted by Fukutake at 07:52| 日記