2022年10月19日

青春の真っ只中

「ボブ・グリーン 十七歳 一九六四春」 ボブ・グリーン 井上一馬訳 文藝春秋

三月二十六日の日記より p136〜

 「デニス・マクニールが女の子を物にした。今日彼からその話を聞いた。
 僕らの仲間はあまりデニスとは付き合いがない。同じ三年生だが、彼は水泳部で、僕らとは別のグループに属している。彼が体験したという噂は昨日の夜のパーティのときから流れていたが、たまたま今日、ダンとアレンとチャックとジャックと僕がポンギの家の前の歩道に立っているときに、デニスがやってきたので、チャックが本当かどうかを問いただしたのだ。
 デニスはこともなげに本当だといってのけた。クリーヴラへンドへ行って、そこで会った女の子と関係をもったのだという。

 理由はわからないが、僕には彼が本当のことをいっているという確信があった。たぶんそれは。その話をする彼の態度が自然で、僕らにそのことを自慢する素振りがまったくといっていいほど見られなかったからだと思う。それほど彼はごく当然なことを話すように淡々とその話をしてみせたのだ。
 僕らはなるべく興奮している様子を気取られないようにしていたが、彼の話が僕らにとって十分に興奮に値する話であることは否定しようのない事実だった。今日まで僕のまわりにはそれを体験した人間はいなかった。いまだって僕には、女の子が男にそれを許すなんてことは、自分には関係のないどこかの世界の話のような気がしている。僕にはそれがどういうことなのか、いまだもって想像もつかない。…」


(原文:Bob Greene「be true to your school - A diary of 1964 -」

「March 26

Dennis Macneil screwed a girl. He told us today.
We don't really run around too much with Dennis - he's a junior just like us, and he's on the swimming team, but we hang out in different crowds. Last night there were some rumors at the open house that he'd gotten a screw, and today Dan and Allen and Chuck and Jack and I were sitting on the sidewalk outside Pongi's house and Dennis came by. So Chuck asked him if it was true.

Dennis said it was. He said he had gone up to Cleveland, and it had happened with a girl he met there.
I don't know why, but I definitely got the impression he was telling the truth. Maybe it was because he was being so calm about it - he didn't seem like he was out to impress us. He was just saying it like it was a matter of fact.

We were trying not to act too excited, but what he was saying is really something. I've never known anyone who that's happened to. It just seems like something out of another world - a girl actually allowing a guy to do that. I can hardly even imagine it. …」

-----


posted by Fukutake at 11:32| 日記

日本語だけの世界

「脳に映る現代」 養老孟司 毎日新聞社 

食事と健康 p54〜

 「自然食の本を見ていると、健康メニューというのが載っている。一週間分の献立を、きちんと決めてある。私はこんなものをまったく信用しない。

 フランス料理を食べると、私はただちに具合が悪くなる。白ソースがいけない。まずいのではない。食べているうちに、胸がいっぱいになり、食べられなくなる。あるいは、あとで腹痛がある。下痢をする。テレビでタモリが私とまったく同じことを言っていた。その理由はもうわかっている。一部の日本人には、白ソースの成分を消化する酵素が欠けているのである。この国の文化は、乳製品を常食とする文化ではなかったから、そういう人間が増えてもおかしくはない。

 人間には、こうした個人差がある。それで一律の健康メニューなど、私は信用しないのである。それは、だれにとってもフランス料理は素晴らしい、と言うのと同ていどに、愚かなことである。パリでは私は、エスニックのレストランにしか行かない。それで十二分においしいものが食べられる。

 人間には、だれにも共通の部分と、一部の人しか持たない、特異な部分とがある。哲学では、これを個と普通と言う。日本では哲学を馬鹿にするから、個と普遍といった、常識的な問題に気がつかない。薬と言えば、だれにでも効くと思っている。私のフランス料理と同じで、その薬が害にしかならない個人だって、いるかもしれないのである。

 ペニシリンのように、極度に有効な抗生物質だって、それで死んだ人がある。ほとんどの人は、ペニシリンで死なないから、腹の中では、死んだほうが悪いと思うのがふつうである。そういう思考があるかぎり、個が生きる余地はなく、ゆえに普遍はこの国では成立しない。強い個の上にのみ、強い普遍が成立し、逆もまた真だからである。

 「日本語」のように、日本人ならだれでもわかる。そういうものだけで、世の中を作ろうとする。それは人間の常である。そのほうが楽に管理できるからである。それは他方では、薬を飲んで死ぬやつが悪いという思想を生じる。
 なぜ、人によって、違う反応をするのか。状況によって、どの人が有利か、それが異なっているからである。生物は、できるだけさまざまな状況に対応できるように、身体の構成を多様化してきた。しかし、脳だけは、それを統一しようとするのである。昔から、心身ともに健康、という。それは、それほど単純なことではないのである。」

(初出 「労働衛生」91年4月号) 

------
posted by Fukutake at 11:23| 日記