2022年10月16日

理屈と感情

「夏彦・七平の十八番づくし」ー私は人生のアルバイトー 山本夏彦 山本七平 中公文庫 1990年

法と倫理の緊張関係 p120〜

 「奥野法相が、倫理だったか人倫だったか、人の道に反しないようにって発言して、新聞はみんな怒ったでしょう。 だけどもしも角栄が無罪になると、その時は政治倫理に反してるっていって怒るわけよね(笑)。 法とか倫理がどういう関係にあるかってのは、日本のマスコミめちゃくちゃなんですよ。 これはたいへん面白い問題で、法と論理って決しておんなじじゃないんです。 この二つが矛盾するってことをどの国の思想かも知っているわけですよ。 この矛盾する二つの規範を自分の都合のいいように持ち出すと二重規範になり、それが無規範になるって、デュルケムだったかなあ、そんなこと言ってましたな。

 儒教でも、ま、孔子もそんなこと言ってますけど、孟子は瞽叟が人を殺したら舜はどうしただろうかっていう… 瞽叟は舜のお父さんでしょ。 舜ってのは理想的な天子とされているんで、はたして自分の父親を逮捕しただろうか。 孟子は、逮捕したであろう、処刑したであろうか、それはしないと。 その時は瞽叟を負って法の及ばない所に逃れてー 天下も何も捨てちゃってね、ひたすら父と一緒にたのしむのみ、と。 血縁倫理が中国では絶対でしょう、父子の間の孝がね。 これを崩しちゃったら法も何もかも崩れちゃう。 そのため、こういう時は、法の原則と倫理の原則が極限では矛盾してくるわけです。

 法と倫理は緊張関係にあって、どちらをとるかっていうのが、必ず出てくるんですよ。 法律通りにやったら人倫どおりだってことは決して言えないんです。 これはギリシャ悲劇の『アンチゴネー』にも出てきます。 反乱を起こした物を葬ってはいけないとか、法律があるわけでしょう。 それを姉さんが葬っちゃうわけですよね。 これは葬るほうが倫理ですね。 これは本当の人倫ですわね。 ところが、しちゃいけないってのが法律でしょう。

 儒教であれギリシャ悲劇であれ、もちろん『聖書』にはそれがあるから殉教ってのが出てくるわけですよね。 倫理と法。 だから簡単に法律どおりにやったら倫理的であるなんてのは考えられないんですよ。 法的には正しい、しかし人を殺してよいという倫理があり得るかって…。

 清の時代でも、親父がたとえば泥棒して、息子が親父は確かに泥棒しましたって言うと、息子も罪になったわけですね。 中国人はやっぱり二原則があるんであって、三綱五常の中の「父子親あり」が倫理の原則なんだから、法律はそれを崩しちゃいけないという原則がちゃんとあったんですよ。 どっちをとるかっていうと、倫理をとるというね。 法律どおりにやったら倫理的、そんなバカなことないんで、みんなこの矛盾に苦しむわけですよ。」

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posted by Fukutake at 09:14| 日記

不幸の魅力

「本は鞄をとびだして」 群ようこ 新潮文庫 平成七年

アーヴィング「ガープの世界」より p81〜

 他人の不幸は笑える
 「「ガープの世界」を読んだとき、まず最初に感じたのは、
「ガープ家の人々は世界でいちばん悲惨な一家ではないか」
であった。まるで呪われた家族なのである。 映画にもなっているから、知っている人も多いだろうが、まずガープの父親が戦争の犠牲者で悲惨。 そのうえ瀕死の状態だというのに、子供が欲しいガープの母親に、子種だけをうまいこと取られてしまう。 ある事件に抗議して、自らの舌を切ってしまったフェミニズムの団体の人々。 作家なのに小説の評判がよろしくないガープ。 浮気をしているガープの妻。 エキセントリックな人々のオン・パレードなのだが、そのなかでたったひとり。元フットボールの選手で、性転換して女性になった人が、優しく思いやりにあふれていて、まさに「掃き溜めに鶴」といった感じなのである。

 あっけらかんと人が怪我する。 あっけらかんと自分の体や相手の体を傷つける。 あっけらかんと人が死ぬ。
「あらあら」と思っている間に、この本ではころころと簡単に人が傷ついて行くのである。 友だちは、この本は気持ちが悪くて読めないといった。 映画も嫌いなんだそうだ。
「気分が悪くなるから」がその理由であった。 ところが私にはこんなに悲惨な話ながら、おかしくてたまらなかった。 ひとりひとりの登場人物のことを考えれば、友だちのいうとおり、気分が暗くなってしまうのは当然といえる。
「どうしてこんなことしてしまうんだろう」
「あまりにも悲惨で声もでない」

 ページをめくっているときに、こんなふうな感想を持ったら、「人生とはなんぞや」と思ってしまうだろう。 そうなったら頭のなかに「悲惨」の文字だけがプリントされて、拒絶反応を起こしてしまうに違いない。

 私がいちばんギョッとした部分は、人が亡くなるところではなく、フェミニズム団体の人々が、ある事件に抗議して自ら舌を切っているという件(くだり)である。 体の柔らかい部分を自ら切る行為は、すさまじく恐ろしい。 ここの部分を読んで、私はふだん気にもとめていないのに、口のなかに舌があるのを感じてしまった。 彼女たちは話すことができないので、いつも言葉を書いたカードを持ち歩いている。 ガープの母親は彼女たちを支援しているのだが、ガープは交通事故で舌をめちゃくちゃに怪我をして喋れなくなる。 ここで悲惨な事故ではあるが、私は「天罰てきめん」という言葉を思い出して、笑ってしまうのであった。」
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posted by Fukutake at 09:10| 日記